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2009-02-03 00:00
日本に「ソフト・パワー」論は無用
田久保忠衛
杏林大学客員教授
言葉の魔術にだまされてはいけない。オバマ大統領、クリントン国務長官、ゲーツ国防長官らが、最近の記者会見や議会証言など公の場で「スマート・パワー」という表現を何回使ったか。この言葉を聞けば、米国民も世界中も米政権が新しい外交防衛政策を打ち出してくるのではないかとの期待を抱く。去る1月13日にクリントン国務長官が上院外交委員会で述べたさわりの部分をそのまま紹介すると、「われわれは、外交、経済、軍事、政治、法律、文化などの利用できるあらゆる手段を使って、個々の事態に各手段あるいはその組合せを正しく使用しなければならない。スマート・パワーによって、外交こそは政策の中心に据えられよう。古代ローマの詩人テレンスは『賢い男がことに直面してやりそうなことは、手始めに説得に努めることだ』と述べた。同じ真理は賢い女にも当てはまる」と証言した。ローマの詩人を引き合いに出すなどものものしいが、言っている内容は簡単だ。「外交上利用できるカードは、すべて利用しよう」という意味にほかならない。
なぜ「スマート・パワー」なる表現が登場したのか。ブッシュ政権が実施したイラク攻撃に反対したジョセフ・ナイ・ハーバード大学教授が2003年と2004年の2度にわたって、『フォーリン・アフェアーズ』誌に「ソフト・パワー」論を書いた。ブッシュ政権が「ハード・パワー」、つまり軍事力行使だけで一定の目的を達成しようと試みているのは間違いで、軍事以外の経済、コミュニケーション、文化などのソフトな力も利用すべきであるとの提案であった。軍事にアレルギー性反応を強く示す日本人には、「ソフト・パワー」論は新鮮に見えたようだ。
当時私は、「世界の軍事費の50%を一国で占める超軍事大国の米国にして初めてソフト・パワーが功を奏するのであって、軍隊ではない自衛隊に十重二十重の縛りをかけ、自衛隊の突出が少しでもあれば袋だたきにする異常な国にソフト・パワー論は無用である」と説いたが、耳を傾ける人は少なかった。それはともかく、ナイ教授の「ソフト・パワー」論はブッシュ政権から強い反発を受けた。退陣直前にハードリー大統領首席補佐官はホワイトハウス記者団にブッシュ外交8年間の総括説明をしたが、その際「一国の外交をハードか、ソフトかの二つに分ける二分法がいかに無意味であるか」を述べて、「ソフト・パワー」論を厳しく批判した。当然だろう。ブッシュ前大統領はじめ政権首脳で、「外交を放棄し、軍事力ですべてを決する」などと述べた人は皆無である。
オバマ大統領は、イラクからの撤兵とアフガニスタンへの増派を公約した。イラク戦争は「ハード・パワー」を主とする戦いにほかならない。テロリストを相手に、話し合いや経済援助などと言っても話になるまい。ただ、アルカーイダやタリバンを相手にしているアフガニスタン政府に対しては、「ソフト・パワー」による十分な手当は必要である。要するに「スマート・パワー」とは「ハード・パワー」と「ソフト・パワー」をブレンドしたもので、当たり前の現実外交だ。政権誕生には百日間の「蜜月時代」を置き、ジャーナリズムは政権批判を手控えるという慣習が米国には存在するが、それにしても痛烈な批判が目につかないのは不思議だ。
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