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2010-09-18 00:00
高峰康修さんの所論に反論する
吉田 重信
中国問題研究家
9月17日付けの本欄への高峰康修さんの投稿「尖閣沖衝突事件での日本政府の対応を危惧する」を読み、かつて外務省員であった体験に基づき、納得できないものを感じるので、以下に反論を述べたい。「大使を5回も、しかも1回は深夜に呼び出すのは、常軌を逸し、侮辱である」との指摘であるが、私は、そのようには考えない。むしろ、中国は、日本大使を重視し、外交ルートでの処理を希望していると読むべきである。大使であれ、外務公務員は、問題があるときは、深夜に先方政府要人と対話し、折衝する機会が与えられることこそ、栄誉なことであり、喜ばしいのである。侮辱は、その大使を無視し、会見を拒否することである。
「大使というものは、国家元首からの信任状(我が国であれば天皇陛下が認証した信任状)を託されていることからも明らかな通り、国そのものである。それをこのように侮辱的に扱うということは、外交上きわめて無礼な行為であり、我が国が侮辱されていることに他ならない」との指摘についても、大使を「国そのもの」と見ていただくことは、外務省としてはありがたいことであるが、近代の外交慣行では、大使といえども、一外交要員の役割を与えられている公務員にすぎない。なお、日本国の元首は、内閣総理大臣である(天皇の認証行為は形式行為)と、多くの憲法学者が解釈している。
高峰氏は、日本側による14人の船員の釈放が早期すぎるとして、「これでは誰から抗議を受けても、粛々と国内法に照らして手続きを進めるという言葉に反して、中国の恫喝に屈したことになる」とも指摘しているが、賛成できない。日本側は、「柔軟対応」戦略にしたがって、妥協の程度とタイミングを図っているとみる。しかも、まだ船長を留置し、中国側はその釈放を要求しているので、最終的な解決のカギは、依然として日本側にある。
いずれにしても、本問題は、小泉首相による靖国参拝問題と同じく、双方政府にとって格好の学習材料となり、結果として「雨降って地固まる」ように解決されるよう期待する。大仰な国家主義を持ち出し、対立を煽るような言論を避けるべきである。それこそは、中国側の一部勢力に「反日」世論を操作して、自らの専制的体制を強化するのを支援することになる。
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