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2010-11-02 00:00
相手国民衆の心をつかむことの重要性
吉田 重信
中国研究家
最近、中国各地を二週間旅行して、つくづく感じたのは、国家の対外政策の側面おいて、他国の民衆の心をつかむことの重要性である。旅行中は、はからずも尖閣列島問題をめぐって日中の国家関係が緊張した時期に重なったが、私が出会った中国の民衆には、際立った「反日感情」の露出はみられず、むしろ青年層を中心に、日本の文化、文物全般に対する親密感ないしあこがれのような感情が如実に感じられた。
北京で乗ったタクシー(中国各地のタクシーは、今やすべてといえるほど日本製ないし日本との「合作製造」の小型車である)の運転手は、「一番嫌いなのは、粗暴なロシア人であり、日本人はまあまあ好きだ。とくに日本の高級車が好きだ」と言っていた。ラサにあるポタラ宮殿で案内してくれたチベット人僧侶は、私が日本人であると知ると、それまでの態度を一変させ、親指を立てて、「日本はナンバー・ワンだ」と大声を出した。帝国主義や植民地主義が横行する時代でもない現代においては、対外政策の成否は、他国の民衆の心をつかむことに成功するか否かにかかっていると思う。軍事的侵攻によって相手国の領土を支配しても、その国の民衆の怨みを買うことになれば、結果的にみてその政策は失敗であったことは、戦前の日本の対中国政策の例をみても明らかだ。
海外の民衆レベルにおける日本に対する信頼感の蓄積は、日本の隠れた海外資産である。その意味で、日本は、戦前、対中国政策を誤ったことにより、中国民衆の心の中に、「反日」、「嫌日」というマイナス資産を抱え込んだ。今後、日本の対中政策の要諦は、中国民衆の心における日本のマイナス資産を減らし、プラス資産に換えていくことにあると考える。戦後、米国による対日占領政策が成功した理由のひとつは、その政策が日本の民衆の心をつかむことに成功したから、といわれる。他方、米国のイラクに対する軍事侵攻と占領政策が未だに成果を挙げていないのは、米国がイラク民衆の心をつかむに至っていないから、と言えそうである。旧ソ連の対東欧政策の失敗も、複雑な民族問題も絡んで、東欧諸国の民衆の心をつかむことができなかったことによるといえるだろう。
同じ観点から、最近の尖閣列島問題をめぐる中国政府の強硬とも見える一連の反応は、世論調査の結果が示すように、日本の民衆の間に相当の不信感の増大をもたらしたようである。いずれ中国政府は、日本の民衆の心の中から失ったものの大きさに気付き、挽回に努めるだろうが、失ったものを取り返すのは容易ではないだろう。ロシア政府も、メドベージェフ大統領の、北方四島の一部である国後島への訪問によって、かつての対東欧政策と同じ過ちを犯したようだ。そのうちロシアも失ったもの大きさに気付くだろう。今後日本はポーランドの対ロ姿勢に倣って、ロシアにその損失を身にしみて気付かせる政策をとればよいと考える。
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