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2010-11-11 00:00
義憤の保安官起訴には疑問がある
杉浦 正章
政治評論家
焦点は、菅政権が国民の支持が圧倒的な“義賊”に対して、明らかに疑義のある法律論で臨むか、「惻隠の情」を差し挟んだ政治判断をするかだ。難しい局面だが、それによって海保保安官の「自首」が政権に与える影響を、激震とするか、微震とするか、の岐路であるとも言える。事前に読売テレビに告白した保安官の言葉から見ると、“義憤”に駆られたことが明白であり、背後関係は感じられない。これは海保一般職員の感情を代表したものだろう。政権は官房長官・仙谷由人の発言にみられるような杓子定規の法律論での対応がすべてと思うべきではない。検察は、逮捕しても起訴すべきではないのではないか。筆者は、11月8日の段階で「内部告発」と断定し、「自ら名乗り出て、ビデオ公開の理由を堂々と述べよ」と促したが、その通りになった。“義賊”とも書いたが、いまや流行語となった。今回の報道では、読売新聞と読売テレビの鮮やかなスクープが目立った。とりわけ読売テレビ記者・山川友基が事前に2時間にわたり保安官から聞いた独自インタビューが、ずば抜けて良質で、すべてを物語っている。
まず、43歳の「日に焼けて浅黒く、実直そうな保安官は、落ち着いた様子で、言葉を選んで語った」という。保安官は動機についてに「もともと国民が知るべきものであり、私は国家公務員としての仕事をしているだけではなく国民のために仕事をしている」と述べた。「職を失う覚悟であり、甘んじて罰を受ける」と覚悟の上の流出であることを認めた。加えて、「限定的な公開だったので、このままでは国民が映像を見る機会を失ってしまう。闇から闇に葬られて跡形もなくなってしまう」と危惧(きぐ)を表明した。「誰にも相談せず一人でやった」とも語ったという。 これほど動機が“義憤”にあることを証明する言葉はあるまい。さらに保安官は、ビデオ保管状況について「ほぼすべての海上保安官が見ようと思えば見られる状況であった。国家機密扱いされていなかった。機密でないものを機密として扱っているのではないか」と仙谷ペースのビデオ非公開を暗に批判した。まるで司法手続きを見通したような発言でもあり、事前の準備が垣間見える。こうした発言が物語るものは、事件が起訴につなげられるかという問題であろう。政府の立場は、仙谷が「寛大な処罰を求める声が多い」との記者の質問に「多いとはどのくらいか」と開き直ったことが物語るように、相変わらず法律論がすべての“法匪”のような判断を下している。
仙谷は「治安に関与する職員が故意に情報を流出させたことになれば、大阪地検特捜部の事件に匹敵する由々しき事案だ」とも述べ、政治的な「惻隠の情」などかけらもない。仙谷路線は、明らかに逮捕・起訴で刑事罰を科することまで想定したものであろう。背景には、政府の専管事項を一職員の独走で処理されては示しがつかないという“思想”がある。しかし、国民から海保に寄せられる保安官擁護論は95%に達しており、新聞テレビの報道も同情的である。法律論の焦点は、国家公務員法100条の守秘義務違反に相当するかどうかだが、最高裁は1977年に「国家公務員法にいう秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいう」という判断を下している。世間に知られていなくて、実質的に保護に値するかどうか、の2つの要件を掲げているのだ。前者は、ビデオを見た国会議員や海保幹部が詳細に内容を説明しており、公知の事実となっている。内容が公知であるのに、映像が公知でないことで争えるかどうかが焦点だが、疑問だ。後者は、国の安全に支障を来すほど国家機密ではないことから「実質秘密事項かどうかの」の要件は満たさないとされる。異論もあるから裁判になれば焦点になるところであろう。
このように起訴すべきかすべきでないかがまさに政治問題化する流れとなった。検察内部にも起訴すべき事案かどうかをめぐって議論があるようで、総じて慎重だ。しかし「仙谷政治」が前面に出て来た場合には、大阪地検の証拠改ざん事件で政府に弱みを握られている検察が圧力を感じ、敗訴を覚悟で起訴に踏み切るかどうかが興味深いところだ。しかし「船長」は釈放して、「憂国の士」は起訴か、という素朴な国民感情は、支持率激減となって政権を襲うだろう。つまり退陣に直結しうる支持率20%台の危険水域に政権が突入することは、火を見るより明らかだ。野党は政権追及の絶好の機会としてとらえ、自民党は仙谷と国交相・馬淵澄夫の辞任を要求してゆく構えだ。政権側は海保長官・鈴木久泰だけを辞任させてトカゲのしっぽ切りをしようとしているに違いない。菅政権にとっては、弱り目にたたり目そのものの問題発生だが、すべては身から出たさびの事態であろう。
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