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2010-11-21 00:00
自衛隊は「暴力装置」である
吉田 重信
中国研究家
仙石官房長官の「自衛隊は『暴力装置』である」との発言について、批判がある。しかし、自衛隊は「暴力装置」そのものであり、仙石長官の発言は、極めて妥当であり、常識的であると考える。「暴力装置」という表現は、もともとマルキストの用語ではあるが、今や欧米の学会では日常的に使用される「学術用語」として定着している。
したがって、「暴力装置」という用語が日本では受け入れられないのは、日本の知的レベルが低いからに相違ない。わが国では、「暴力団」の悪いイメージとの関連で、自衛隊はこの用語を嫌っているようであるが、実は、「暴力装置」を「強力機関」や「強制機関」と言い直したところで、自衛隊の本質は、全く同じなのである。
すなわち、自衛隊は、外国からの「暴力」に対抗して戦うという特別の任務をもつ機関(つまり、「装置」)なのである。また、すべての公務員は、自衛隊員を含め国家機関の一部なのである。たとえば、天皇は人格的性格をもつものの、国家機関の一部であることに変わりはない。他方、ロシア、中国、北朝鮮、ミヤンマーなどの全体主義国家は、軍隊、警察、秘密警察をはじめとするすべての「暴力装置」を使って、国民を抑圧していることは、周知の事実である。
日本のような民主主義国家においては、自衛隊員は、「暴力」を使用するという自らの本質を理解し、言動を慎むことが、求められている。全体主義国家においては、このような認識が欠けているので、軍隊は専ら国民を抑圧する「暴力装置」になっている。自衛隊員にこのような自覚がなければ、自衛隊は、国民にとって「危険な暴力装置」となり、国民に害悪を及ぼすことになりかねない。われわれは、戦前日本の肥大した軍隊による「国家の自滅」という教訓から学ぶ必要があろう。
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