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2006-08-21 00:00
靖国問題-土俵が違う
角田 勝彦
前中部大学教授
8月15日の小泉総理の靖国参拝は、改めて内外で賛否両面の大きな波紋を生んでいる。小泉総理は、2001年4月の自民党総裁選の公約に従い21年ぶりの8月15日参拝を実現し、職務としての参拝でないとしつつも05年10月のスーツ姿の賽銭箱前参拝からモーニング姿での本殿昇殿参拝と前のやり方に戻した。外国、とくに中国の反応は、事前の外交調整もあり形式的非難に止まったが、新総理の対応に注目しているのは明らかである。国内でも、近付く自民党総裁選や明年の参議院選を前に、マスコミの過熱や政争的ジェスチャーの増大が予想され、「靖国問題」は大きな問題であり続けよう。
問題は、論点の多面性から「靖国問題」についての賛否両論が混乱していることである。7月20日付日経のスクープとなった昭和天皇ご発言の富田メモ(昭和天皇がA級戦犯合祀が原因で靖国参拝をやめたとの趣旨)も、この混乱に輪をかけた。中国は、戦争と中国国民に対する重大な損害に責任のある「一部の軍国主義者」、すなわちA級戦犯が、1978年の合祀以来神として祀られることになった靖国神社に、総理(及び外相・官房長官)が参拝することは、72年の日中共同声明(及び78年の日中平和友好条約)の合意に反することになると主張している。中国の官営マスコミは「小泉の靖国参拝は、日本の中国への侵略戦争を美化し軍国主義の精神をあおる」「小泉参拝は靖国神社によって広められている反動的修正主義歴史観を肯定する為なのだ」と報じている。靖国神社遊就館展示がこの歴史観の具体例として挙げられている。
日中共同声明などで焦点になったのは歴史認識、台湾問題及び反覇権条項であり、とくに1982年の教科書問題以来、歴史認識について対日外交圧力が続いている。江沢民前国家主席は、98年在外使節会議で、日本の軍国主義はなお健在との認識を表明し、「日本に対しては歴史問題を永遠に言い続けなければならない」と指示した由である。村山談話や、その後の、たとえば、この8月15日の全国戦没者追悼式での総理式辞における加害責任への言及、さらに、なかんずく平和愛好国家としての日本の実績は無視され、日本逆コース入りの宣伝が強化されている。この土俵で争っても対立が激化するだけだろう。
靖国問題に関しては過去認識のほか、近隣諸国との友好関係(とくに日米同盟とのバランス)、一般住民を含む戦没者追悼のあり方(とくに政教分離)、内政干渉の有無、神道(とくに靖国神社)の本質などについて、さまざまな主張がある。戦没者追悼のあり方ひとつ見てもA級戦犯分祀論(韓国はそれでも駄目と言っている)、靖国神社の非宗教化と国家管理論、国立追悼施設案(千鳥ヶ淵戦没者墓苑拡大論を含む)がある。司法面も総理参拝の職務性(政教分離)について異なる高裁判断がある。まさに百家争鳴である。なかでも、悪化した近隣諸国との友好関係の修復は国民のほとんどが希求するところであろう。新総理が、理屈はともかく政治的判断に立ち修復に努めることは、当然期待したい。
しかし、現象的問題と本質的問題は分けて考慮されなければならない。何より重要なのは、日本国憲法に明示され国連憲章や国際人権規約などの国際法規によっても確認されている人権の尊重と法の支配など普遍的になった価値観である。日本国憲法には第19条(思想及び良心の自由)、第20条(信教の自由・政教分離)、第89条(宗教団体などへの公費の支出禁止。玉串料の例)の規定がある。これは、条約など国際合意でも変えられない原則である。
信教の自由と政教分離の原則はカトリックとプロテスタントの惨憺たる宗教戦争の結果、やっと生まれた貴重な原則である。礼拝の対象は問題でない。対象の是非を議論すれば宗教戦争になる。また同じ宗教でも信者により信仰の内容に多少の差異があるのは、宗教改革以降の常識である。宗派の指導者や権威の主張は、信者が全面的にその主張を受け入れていることを意味しない。進化論を受け入れているキリスト教徒は多いだろう。靖国神社が過去認識で何を言おうが、全参拝者が同じ主張を分かち持つと見るのは誤りである。
共産党独裁(人治主義)の中国は、3権分立を飲み込めず光華寮裁判の対立が生じた。小泉総理の靖国参拝についても、自由権の本質を理解しない非難をしている。「私的行為」としての参拝は問題にすべきでない。ブッシュ米大統領が05年11月訪中の際に北京市西部のプロテスタント系教会の礼拝に参加したのと同じと考えるべきである。小泉総理の今次参拝への抗議の際、中国外相は「国際正義への挑戦」と批判し宮本駐中国大使から「全くの見当違い」との反論を受けた由であるが、そろそろ中国側としても、あまり騒がずに妥協へ向かうことが望まれる。
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