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2011-05-12 00:00
もう一つの「中国の脅威」
鍋嶋 敬三
評論家
日本を追い抜いて世界第二の経済大国にのし上がった中国は、軍事費を2009年まで21年間連続で二桁伸ばし(防衛白書)、核・戦略ミサイル増強、空母建造など近い将来アジア太平洋の戦略バランスを覆すほどの脅威になりつつある。国際社会での中国の政治的影響力はアジア、アフリカを中心に強まるばかりだ。しかし、「脅威」はそれだけではない。留学生を海外に送り込む一方、自国にも迎え入れるその数の飛躍的な増加は、21世紀において国家発展の基礎となる「知力」の強力な源泉になる。留学生が出身国の指導層として力を振るう2020年代以降、中国の国際的な影響力は計り知れないものになるだろう。日本はこのような情勢を傍観するだけでいいのだろうか。
米国務省の外郭団体である国際教育研究所(IIE)の資料によると、2009/10年度の在米留学生69万923人のうち、中国は最大の12万7628人(全体の18%)に達した。中国人留学生は前年比30%増という驚異的な伸びを示した。中国政府によると、2010年に28万5000人が海外へ留学(前年比24%増加)した。激増の背景には急速な経済発展に伴って富裕層が増えたためとされる。全世界で中国人留学生は127万人で最多になっているという。IIEによれば、在米留学生は2位のインドが10万4897人(15%)、3位は韓国7万2153人で、中印韓3カ国で全体の44%を占めるに至った。日本は2万4842人(僅か3%)で6位、前年比15%の減少であった。リーマンショックの影響で、数%減の国が多い中で、二桁減は日本だけである。アジアの主要国で日本は既に国際競争で脱落している。
国務省のストック次官補(教育文化担当)は、国際教育が将来自国の指導者になるための準備教育になることを指摘し、知米派知識人を育成することが米外交の高い優先順位になっていることを明らかにした。中国も負けてはいない。北京大学、精華大学などの名門を含めた24大学が、シンガポールで5月上旬、中国大学フェアを開き、優秀な学生の引き抜きに当たった。狙いは「両国間の経済、社会、大学のつながりをさらに強めるため」と中国の当局者は明らかにした。中国には、2010年に世界180カ国から26万人の留学生が来ているが、2020年までに年間50万人に引き上げる大胆な計画がある。多くの優秀な人材を自国で教育し、将来指導層になる彼らが留学で培った人脈を広げ、国内外で影響力を発揮することが、外交を展開する上で有利になるという計算では、米国も中国も同じである。
日本はどうか。「留学したがらない」「海外駐在もきらう」などの内向き志向が強い、と指摘されて久しい。一方で、アジアを中心に企業の海外展開は急ピッチだが、交渉能力に長けた人材に乏しい。このギャップをどう埋めるのか。世界の政財界のトップが参集するダボス会議で日本人指導層の姿が見えないと伝えられている。国家として国際的に通用する人材の養成を怠ってきたからではないのか。国際舞台で外国人と通訳無しで丁々発止と渡り合える有能な人材が枯れては、日本の世界での地位はますます低下する。頭脳流失は悪いことではない。ノーベル化学賞受賞者の下村脩ボストン大学名誉教授や根岸英一パーデュー大学特別教授は、いずれも若い時に米国に「流失」したが、彼らの受賞は日本の評価を高めた。日本への留学生を増やすだけでなく、公的資金を積極的に使って、米国や中国をはじめ海外への留学生を数万人単位で大幅に増やすべきだ。20年、30年後を見据えた人間の「対外投資」は長期的な国益に適うのである。
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