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2011-06-13 00:00
日本に求められる「政策インフラ」の活性化
河村 洋
NGOニュー・グローバル・アメリカ代表
菅直人首相の震災対応とその他の内政および外交政策を批判してきた自民・公明両党は、本来なら政策理念が一致しないはずの民主党の小沢・鳩山グループの党内造反を期待して、内閣不信任案を提出した。自民党は普天間基地移設の合意をアメリカと取り交わしたように、日米同盟重視である。他方で、小沢・鳩山グループは中国や国連との関係を重視している。こうして水と油の両者が手を携えて内閣不信任案の提出を画策した、そういう「政策より政局」の永田町に、日本国民は嫌気が差している。しかし議会だけを批判しても仕方がない。そもそも、票を勝ち取る能力と、国家や世界のビジョンを考える能力は必ずしも一致しないからだ。むしろ、議会や行政府の外部から政策形成のイニシアチブをとることによって、民主主義を健全にすることを考えるべきではないのか。そのためには、政策理念を深く追求する組織や個人が、議会政治家や官僚に影響力を行使できるようにする、「政策形成インフラ」を発展させる必要がある。
今年アメリカでは、カーネギー国際平和財団が創立百周年を迎え、それを振り返る『100 Years of Impact』という論文集が発行されている。アメリカでシンクタンクが発展した背景には、「政治の空白」がある。19世紀後半より急速に国力を伸ばしたアメリカは、ヨーロッパ人から「ゆりかごの中のヘラクレス」と呼ばれてきた。しかし、このヘラクレスは、セオドア・ローズベルトやウッドロー・ウィルソンの時代を経ても、後任者の時代になるとゆりかごに戻ろうとした。覇権国家であったイギリスの国力が低下しつつあった戦間期になっても、ヘラクレスはネメアのライオンをはじめとする怪物退治に出かけようとはしなかった。そうしたアメリカが国力に見合った政治力を発揮する必要があると考えた企業や市民の寄付により設立されたのが、カーネギー国際平和財団であり、ブルッキングス研究所、外交政策評議会といった老舗のシンクタンクである。イギリス植民地時代より育まれてきた市民の自治精神と寄付文化が、既存の政府機構の枠外に「政策形成インフラ」を育成させたのである。現在に至っても、アメリカでは新しいシンクタンク、NGO、そして政策ビジョンのある個人が、次々に立ち上がっている。それを支えているのは、企業やフィランソロピー財団や市民からの寄付である。
元来、民主主義とは多数派による支配ではない。それは絶対王政によって行き過ぎた権力の暴走を抑制するために生まれてきた政治体制である。民衆の判断が常に正しいという幻想を信じ込んではならない。物事を単なる多数派に委ねれば、バラバを生かしてイエスを殺すような衆愚政治に陥りかねない。そうした衆愚政治を抑えるためには、権力の分立、言論の自由、法の支配などによって少数派の権利を守る制度がある。しかしそれだけでは不充分で、民衆の誤りを正すべき在野の知識人が世論形成のリーダーシップをとる必要がある。いわば、プラトンが主張する「哲人王」の代役として、目先の政局を超越した政策理念を主張するシンクタンク、NGO、その他のビジョンのある個人が必要である。そしてそのためには、有志の人々の寄付が必要である。3・11地震を契機に日本の寄付文化は発展する見通しであるが、真の社会貢献とは単なるチャリティー活動支援以上のものである。
「政策インフラ」への寄付の活性化は、単に正しい民主主義のためだけではない。現在、日本は中国、韓国、ASEAN諸国といった近隣新興経済諸国の台頭で自信喪失に陥っている。しかし、これら諸国の工業生産がどれほど伸びようとも、グローバルな政治および経済の体制の基本的な価値観と解決策を示すうえで指導的立場にあるのは日米欧である。こうした知のリーダーシップを強化することは、日本が国家間の政治的および経済的な競合を勝ち抜くうえで重要である。以上のように、日本が「政治の空白」を脱するには、市民の自治精神と有志の知識人の結びつきが必要である。菅首相がいつ辞任するか、民主党か、自民党か、といった議論ばかりしていても不毛である。そのためにも3・11より盛んになったチャリティー活動を超えた「政策形成インフラ」への寄付の活性化が望まれる。
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