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2011-06-14 00:00
「民主主義のあり方」を考える
宮崎 厚
ベンチャー企業顧問
最近の世界の政治情勢や、日本国内の政治情勢を思うに、マスコミからもたらされる「民主化」「民主主義」の考え方は、どこか間違っているのではないか、そのように自問していたところ、2~3の方々から、同様に「民主主義のあり方」を問う投稿をお見受けして、心強く思いました。そこで、今日は、最近の世界と日本における「民主主義のあり方」について、いくつかの疑問を呈してみたいと思います。
まず、日本のケースですが、選挙制度改革が一向に進まず、「1票の価値」が、本来なら平等の1倍に近づけるべきところ、5倍であっても改革されず、せいぜい「3倍以下なら良い」という議論にとどまっているのは、最大の問題です。その結果、世界一の財政赤字比率になっても、皆で増税議論をしている状況です。所得税制も、年金制度も、医療保険制度も、本来の制度の趣旨は失われ、所得再配分のための制度となり、政治家の予算分配の手段になってしまい、もう20年近く国全体の活力が損なわれる羽目に陥っています。
他国の例を見てみましょう。中東、北アフリカのケースでは、口で「民主化」を叫びつつも、デモや内乱で国内は混乱し、多くの国民が難民化して、他国へ移住しています。これで、どうして「民主化はよいこと」なのか、疑問です。ちなみに中東湾岸諸国の王様たちは、富を独占しているといっても、国民は無税で、電気、水道などの公共料金はタダ同然でした。日本でも「天皇制を壊せ」といったような平和を乱す輩が出てきたら、警察は徹底的に取り締まってもらいたいと思います。国が荒れて、国民が逃げ出すような「民主化」はよいはずがありません。
さて、欧米諸国のケースですが、民主主義国と言われるどこの国も財政赤字です。ギリシャなどは、民間には仕事が少なく、大量の公務員を抱え、かれらを給与や年金などで優遇した結果、財政破綻を起こしています。そのつけは、これから国民がじっくり負担しなければならない状況です。これはどの欧米諸国にも共通した構図です。国家財政を赤字にしては、増税に頼るこんな「民主主義政治」でよいのでしょうか。米国は、経済発展を続ける中国に対して、「人権外交」と称して「民主化」を要求していますが、その前に、自国の財政赤字に対しては、なすべきことがあるのではないでしょうか。
以上の点から、「民主主義」といっても、ゆがんだ選挙制度をそのままにしての「民主主義」では、政治家は選挙のことだけを考え、「政府に対してあらゆる要求を出し続ける選挙熱心な人々」のための政治となってしまいます。民衆が常に分配を求め、政治的要求が満たされなかったり、政治に文句があれば、すぐデモをしたり、反対運動、反政府活動に走ったりするのが、「本当の民主主義」なのでしょうか。人間は本来、自存・自活し、自分の働きによって自分や家族の生活を支えるべきものです。「民主主義」であろうと、なかろうと、「政治」が国民の生活や経済活動に深く介入することは極力避けるべきです。国の役割は、国民に生活費を施すことではなく、国民が安心して生活活動を行えるように、外交、国防、治安に責任をもつことであって、「民主主義」とは、それを前提として、国民同士が自ら社会調和として発展させるものではないでしょうか。
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