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2011-08-10 00:00
(連載)「脱原発」論を考える(1)
角田 勝彦
団体役員
東日本大震災から5ヶ月過ぎる。被爆から66年の広島・長崎の平和祈念式典も終わった。「脱原発」を巡る見解の対立が印象的だった。今後の日本及び世界の行く道に、大震災そのものより大きな影響を与えかねない対立である。極端な「脱原発」論者が主張するように、原子力の平和利用を核兵器と同じものとして排除することは、困難だろう。常に進歩を求める人間の叡智が原子力の制御を可能にしたからである。もちろん、人の能力を超える天災はあり得るが、杞憂という言葉もある。また、科学の進歩は止められない。日本だけ原子力研究を止めるわけにも行くまい。
「脱原発」論者の一部は、原発増設が導く独占的中央集権社会からの離脱が、「依存体質」の根強く残る日本社会を変えて、共同自治体中心の社会の創造を可能にするとすら主張するが、それは老子が説いた「小国寡民」の理想郷を夢見るものではないだろうか。中国でも日本でも現実の政治の基準として採択されたのは、老荘ではなく、儒家の思想だった。
死者・行方不明者を含む2万人以上の犠牲者は帰らないが、大震災の地震・津波による17兆円とされる物的・一般的被害は、復興構想も出てきたし、第2次補正予算も成立して、一応復旧・復興の目途がついた。財源を含む復興構想の具体化と第3次補正は、次の内閣の最優先課題だろう。8月上旬の読売新聞の全国世論調査で支持率が発足以来最低の18%(8月上旬朝日新聞調査では14%)、8月末までの退陣を求める声が70%(同朝日新聞調査では45%)にのぼった菅首相が、外遊などに活路を求めても、「ポスト菅レース」が野田佳彦財務相の出馬模索などで本格化した現在、実現は難しいだろう。9月前半に予定されていた日米首脳会談の調整も米側に黙殺されている由である。もくろみ始めた9月22日国連原発首脳級会合への参加も困難だろう。
実は、菅首相が外遊策などの前に活路を求めたのが、「脱原発」だった。菅首相は、5月初めに浜岡原発を止め(運転停止は中旬)、7月6日ストレステスト(耐性評価)の実施が各原発再稼働判断の前提になるとの見解を表明していたが、7月13日には記者会見で「脱原発」の方針を表明した。閣僚からも「唐突だ」と異論が出され、2日後の7月15日の衆院本会議でこれを「個人的な見解だ」と軌道修正したが、「脱原発」のエネルギー政策を争点にした解散・総選挙の可能性すら噂された。なお、菅首相は、8月6日の広島平和祈念式典で、原発への依存度を下げ、原発に依存しない社会を目指す「脱原発依存(社会)」の考えを表明したが、その後の記者会見で、7月末、関係閣僚によるエネルギー・環境会議が原発への依存度を下げていくことを理念とした「中間整理」をまとめたことを挙げ、自らの発言は、政府方針と一致するとの考えも明らかにした。8月9日の長崎平和祈念式典でも同じ考えを表明した。(つづく)
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