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2011-08-29 00:00
中国の軍拡で不安定化するアジアの軍事バランス
鍋嶋 敬三
評論家
米国防総省が8月24日公表した中国の軍事力に関する年次報告書は「発展する中国の海洋戦略」と題する分析を7ページにわたって特集、空母建造で大陸国家から海洋国家へと急速に脱皮しつつある中国への警戒心をあらわにした。シファー国防副次官補(東アジア担当)は中国の継続的な軍事投資の速度と範囲は地域の軍事バランスを不安定にし、誤解と誤算のリスクを増大させ、地域の緊張を高める可能性があるとの懸念を表明した。「台湾有事」を念頭に米国に対する「接近拒否戦略」を着々進める中国の動向は、アジア太平洋地域で米国や同盟国の戦略と正面からぶつかる。中国の大国主義、ナショナリズムは、日本をはじめとするアジア諸国との摩擦と対立の種になろう。民主党の次期政権は、アジア安全保障環境の急速な変化に敏感に対応して、米国との同盟関係を固め直し、中国を含むアジア外交を再構築する必要がある。
中国は、本報告書に対して「中国の国防政策は防御的であり、地域と世界の平和と安定に資するもの」と反論した。しかし、時期を同じくして8月24日に、尖閣諸島付近の日本領海に中国の公船である漁業監視船が侵入、日本政府の抗議に対して中国外務省は「中国固有の領土だ」と領海侵犯を当然視する従来の主張を繰り返した。東シナ海の尖閣諸島周辺では、2008年中国の海洋調査船2隻が日本領海に侵入、2010年9月には中国漁船が日本の領海内で巡視船に体当たりする事件が起きた。一連の領海侵犯は偶然の出来事ではない。中国側が「中国の領土、領海だ」とする主張を国際的に広めるため既成事実を積み上げている、と読むのが自然である。
報告書の中で、中国による(1)心理戦、(2)メディア戦、(3)法律戦の「3つの戦争」の概念が紹介されている。敵の士気をくじくのが(1)、中国の軍事行動を支持させるのが(2)で、広く知られている。(3)は中国の主張に国際的な支持を得るために国際法や国内法を使うというものだ。東シナ海の尖閣事件、南シナ海でのフィリピンやベトナムなどとの領土紛争での中国の強硬な主張と威嚇行動を見ると、この「3つの戦争」の概念を巧みに組み合わせていることがうかがわれる。フィリピンは、海軍最大のヘリコプター搭載フリゲート艦を配備し、8月23日にはアキノ大統領自らがこれに乗り込んで、中国に対する領土・領海防衛の姿勢を国際的にアピールした。ベトナムも、ロシアから潜水艦6隻の購入のほか、誘導ミサイル搭載のフリゲート艦2隻目が22日に配備された。インドも、空母を含む艦隊の拡充を急ぐ。中国の海洋進出に伴うアジアの海軍軍拡は激しさを増している。
空母は、中国にとっては「大国」の象徴だ。胡錦涛国家主席は2006年に「海洋大国」を宣言し、海軍力の強化と近代化にハッパをかけた。米国の評論家ケーガン氏は中国の大国化を論じた中で「力は国を変える。欲望を膨らませ、より野心的になり、寛容さに欠けるようになる」と指摘した。中国指導部が恐れるのは、米国主導の世界が中国の大望を阻止しようとすること。彼らに特有の恐れとは、海外でその野心が否定されれば、国内での支配力を危うくしかねないことにある、との見方を同氏は示した。とすれば、中国共産党指導部が安泰であるためには、軍拡の継続が必須要件であろう。財政危機で軍事費の大幅削減に追い込まれている米国とのギャップが縮まるのは予想より早いかもしれない。このままでは、アジア太平洋の軍事バランスは急速に不安定化に向かうだろう。
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