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2012-05-29 00:00
パドックでみれば“一擲”の野田に勝算
杉浦 正章
政治評論家
乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負と言えば1983年の田中角栄と時の首相中曽根康弘の会談を思い出す。首相対刑事被告人というパターンも全く同じだ。28年前、田中は一審有罪判決を受けたばかりで、中曽根は澎湃(ほうはい)たる世論を受けて、田中に議員辞職を迫るかに見えた。しかし、田中に首相の座に座らせてもらって、まだ1年。「田中曽根内閣」と呼ばれていただけあって、田中には全く頭が上がらない。結局会談は、中曽根が田中にボコボコにされるだけに終わった。首相官邸からは、中曽根が田中に議員辞職を求めるような前宣伝が流布されていたが、何が何だか分からないような、うやむやな会談となった。田中から後日聞いたところによると、中曽根は「辞職のじの字もしゃべらなかった」という。政治家としての格が違うから、中曽根の一方的な負けで終わったのだ。その後、未練たらしく中曽根は、田中の秘書だった故佐藤昭子に手紙を出して、議員辞職を勧めてくれるように頼んだが、佐藤は田中には一言も報告しなかった。無視したのだ。中曽根はその後解散・総選挙に踏み切ったが、自民党は大敗。田中だけは空前の22万票の得票で当選した。
2年後の2月に田中が脳梗塞で倒れたとき、中曽根が恩人の病気であるにもかかわらず、1日中上機嫌で、はしたなくも冗談を飛ばしていたのを思い出す。作家・平林たい子は中曽根を「カンナ屑のようにペラペラ燃える男」と評したが、中曽根 は「うまいこと言うもんだなあ」と感心したという。 その後、乾坤一擲の大勝負はとんとお目にかからない。2010年12月の首相・菅直人と小沢の会談は、菅が小沢に政治倫理審査会出席を求めたが、小沢はこれに応じず、決裂に終わっている。テーマも小さく、とても大勝負などと言える会談ではない。野田・小沢会談について朝日の社説が5月24日に「この仰々しさは何なのだ。こんな田舎芝居じみたやり方が、国民の政治へのうんざり感をいっそう強めていることに、国会議員たちは気づくべきだ」「欧米のメディアでは、一党員が党首に来週にも会うという記事は、まず目にしない」と書いた。せいぜい社説だけは読んでコメントする民放のコメンテーターたちが、一斉におうむ返しで同じセリフを繰り返している。これは状況把握能力に全く欠ける論議だ。朝日の政治部は論説に対して「机上の空論を書くな」と怒るべきだ。今は落ち目の「欧米」などはどうでもいいのだ。
言うまでもないが、焦眉の急の消費増税法案の行方を左右する、まぎれもない超重要会談なのだ。会談の意味するところは、まさに乾坤一擲であろう。乾坤は天と地をさす。すべてを運に任せて、賭のさいころを1度だけ投げることが、一擲だ。思い切って勝負するわけで、野田にとっては、のるかそるかの戦いだ。語源となった楚の項羽と漢の劉邦の戦いは劉邦が勝ったが、どうも小沢は、関羽になりそうな気配だ。パドックで馬の下見をするように見ると、色つやといい、気迫といい、野田の方が勢いがある。一方小沢は、風邪を引いて、マスクをして辛気くさい。関ヶ原の戦いの朝、石田三成が「しくしくと腹が痛くなった」(司馬遼太郎)と言われるような気配が小沢にはある。30日午前11時の会談内容の予測をすれば、野田が消費増税法案を党内でとりまとめた経緯を説明、成立への協力要請をする。小沢は「マニフェストの原点に立ち戻り国民のための政策実現を目指すべきで、消費増税は時期尚早」とはねつけるだろう。このままでは、紛れもなく決裂だ。
そこを幹事長・輿石東がどう取り持つか。決裂の印象を避けるために再会談を言いそうな雰囲気だが、野田は「1回で決まればいいが、そうでないことはあまり考えないようにしたい。基本的には、一期一会のつもりで説明したい」と、輿石の引き延ばし作戦には乗らない決意を表明している。問題は、決裂しようが、輿石調整で「次の会談」を設定して煙に巻こうが、その後の戦いは野田が有利に展開できることであろう。つまり野田は、いずれにしても小沢の呪縛(じゅばく)から解き放たれるからだ。野田には消費増税法案成立への“王道”があり、これを錦の御旗に「小沢切り」を勧める自民党への接近を強めることができるのだ。小沢問題のネックを取り除けば、急速に展望が開けるのだ。小沢が消費増税法案に反対投票に出ようが、党内にとどまるために棄権をしようが、野田が成立を図るには、自民党と手を組むしか道はないのだ。その代償としての解散・総選挙をどうするかだが、法案を成し遂げれば、歴史に残る首相となる。野田は多くを望むべきではない。ここまで来ると解散を先延ばしにしても、民主党が勝てる展望は開けない。堂々と消費増税法案成立の成果を問う解散・総選挙に果敢に打って出るべきだ。そうすれば道は自ずと開ける。
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