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2012-09-13 00:00
PUBLIC DIPLOMACYの戦略的な重要性を認識せよ
鍋嶋 敬三
評論家
グローバル化時代の外交は国際社会で自国の主張により多くの理解と支持を勝ち得た国が優位に立つ。政府は尖閣諸島問題では一貫して「領土問題は存在しない」との見解を官房長官が繰り返したが、全世界で中国国営の英語テレビ放送を見ている外国人には「尖閣は中国の領土だ」という主張が広まっているのではないか。日本外交にとってパブリック・ディプロマシー(PD)の戦略的意義が問われている。外務省は「外国の国民や世論に直接働き掛ける『パブリック・ディプロマシー』の重要性が指摘されている」としているが、外交戦略上の位置付けがあいまいだ。日本語で「広報外交」と訳されることが多いが、企業の「広報(PR)」と混同されかねない。英国外務省の定義では組織や個人との協力関係を作ることで英国の「国際社会における戦略的優先事項を実現するプロセス」であり、メッセージの一方的発信でなく、NGOやシンクタンクなどとの「双方向の対話」が大事だとする。
歴史的な逸話を一つ。1919年、第1次世界大戦後のパリ講和会議で中国が敗戦国ドイツの山東半島の利権処理をめぐり英米仏など戦勝国の同情を求めて猛烈な反日宣伝攻勢を行った。中国代表団は米国留学で学んだ流ちょうな英語とアングロサクソン流の論理を駆使、ドイツの利権が日本に渡らないよう中国への直接返還を主張し、日本に「まことに不利な影響」を与えた。「英語力のあまりに歴然とした差異から彼らの弁舌攻撃にほとんど反駁できない日本全権団の惨めな様相」が報告された(松村正義氏、外務省調査月報2002年)。清朝滅亡から僅か7年、日本は100年前のPD戦で中国に完敗していた。東京から全権団への訓令は「あまり発言しなくていい」であり、外国の新聞記者からは「サイレント・パートナー」と揶揄(やゆ)された(細谷千博氏「日本外交の軌跡」)。一世紀経てもあまり変わらない姿ではないか?せっかく英米仏伊と並ぶ5大国の一員となりながら、死者1000万人という大戦の惨禍から戦後の平和機構(国際連盟)をどうするかという大国としての自覚もなく、責任を果たすための主張もなし得なかった日本の構想力と発信力のなさの結末であった。
PDの先端を行くのが米国である。G.W.ブッシュ政権でPD担当国務次官を務めたJ.グロスマン氏が議会証言(2010年)で「PDの本質は、広報(PR)ではなく、国家安全保障活動だ」と位置付けた。同氏による定義は「米国の国益を実現する目標を持って、外国民に理解を求め、関与し、情報を与え、影響を及ぼすこと」である。その意味で同氏の言うPDは極めて「戦略的」である。同氏はイスラム過激派に対する「思想の戦い」が焦点としているが、イスラム教を冒とくするような事件が頻発するようでは、米国のPDは難しい側面を否定できない。
中国は、インターネットを活用したPDを推進し、国際社会に中国の主張を認めさせ、ソーシャル・ネットワーキングにおける中国のナショナル・ブランドを確立することに「戦略的な重要性がある」と強調している(人民日報オンライン)。故錦涛国家主席が9月9日、野田佳彦首相に尖閣諸島の国有化について「不法かつ無効で、断固反対する」と異例の強硬姿勢を示した。野田首相は8月24日の記者会見で竹島、尖閣諸島、北方領土について「国の主権を守る」「わが国の正当性を対外的に発信する」と強い決意を明確に示した。歴代首相が韓中露への「外交的配慮」からはっきりものを言ってこなかった経緯からすれば、首相発言はPD推進のうえから大いに評価すべきだ。外務省の有識者懇談会が7月に広報文化外交の制度的在り方についての報告書を提出したが、政府全体としてPDの戦略的意義を十分に認識して外交政策として高い優先度をもって進めることが今後の課題である。
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