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2012-10-03 00:00
尖閣をめぐる米中密約の可能性
山田 禎介
国際問題ジャーナリスト
このところ明らかになる現代史の裏面により、尖閣諸島問題の舞台東シナ海には、日本での主流「領土問題は存在しない」「正義はこちらにある」では済まない深い底流があるように思える。最新NHKインタビューでアーミテージ元国務副長官(米共和党政権時)は、「1972年に日本に沖縄を返還した際、中国と台湾からの強い働きかけで、尖閣諸島の領有権について、あえて一方の立場を取らなかった。米国から見れば、尖閣諸島の領有権は今も係争中と言える」と発言している。また中国による米主要紙への尖閣問題意見広告には、米国による沖縄返還についても「中国を排除した密室の取り決めだった」と非難する文言も含まれている。中国側の主張には、ある種の「権利の留保」をにおわせるものがある。これら現代史の「深いよどみ」から、日本は一方的に除外されているようにも見える。
筆者は、1978年の鄧小平中国副首相来日の会見について、日本側が鄧小平氏の尖閣領有権棚上げ論を公けの場に出してしまった非を指摘したことがある。だが、尖閣問題については、外務省公開文書ではそれ以上のものがある。72年9月の日中国交正常化交渉で、当時の田中角栄首相のほうから、中国の周恩来首相に提示したことも明らかになった。周恩来首相の「尖閣諸島問題については、今は話したくない。石油が出るから問題になった。石油が出なければ、台湾も米国も問題にしない」発言は、この田中首相の言を受けてのこと。いま言われる「領土問題は存在しない」どころではない。また「台湾も米国も問題にしない」とする周恩来発言も意味深長だ。ここにも米国が尖閣に深く関わっているニュアンスがある。その72年は2月のニクソン米大統領の北京空港到着から米中、さらに日本にも実にめまぐるしい年。ニューヨークでキッシンジャー米大統領補佐官と黄華中国外相との会談が幾度もあり、田中が北京に向かう前の9月1日のハワイでの日米首脳会談へと続いた。
対中国交正常化では、はるか後発の日本が、先発のはずだった米国の先を越した。「ジャップにしてやられた!」との当時の立役者キッシンジャー内々の発言も、いまや公けになった。あの歴史的な米中国交正常化の大波は、日本より早く、長いプロセスを費やしたが、米中両国の戦略上欠くべからざる位置を占めていたのが、沖縄と東シナ、南シナ海域だ。両国で当時、協議があってもおかしくはない。それが「米国は日中どちらにも組しない」という米国の今日のスタンスに流れとして繋がっている。あえて一般論で言えば、国家間の秘密協定が暴露された場合、当事者は「それを公式に否定する」権利がある。「沖縄返還日米密約」について、歴代自民政府の外相が国会の場で密約を否定したも、この権利の踏襲だった。だが現在は、密約の存在を歴史が暴く。いま「尖閣諸島には日米安保条約が適用される」としながらも、「領有権問題については、日中のどちらにも組しない」という米国の姿。アーミテージ発言にもほの見える、何らかの「深い底流」があるように思えてくる。
ところで国連総会演説は国際的芝居の舞台であるが、米欧メディアの指摘するように、「日本は首相登場だが、中国、韓国は外相どまり」だった。中韓両大統領は、自国政情に米欧メディアから土足で踏み込まれることを恐れた。中国の意見広告と外相演説で「釣魚島(尖閣諸島)は昔から中国領土の一部」との主張は、「歴史的には、フランスのブルターニュも、ノルマンディーも、わが領土」と英国パブで語られるジョークにも等しい。だが、中国はそれでもなお舞台役者を務めている。この裏には何かがある。外交交渉には「落しどころ」という日本的パターンはない。あるのは東洋的な「なし崩し」である。ベトナム民族解放闘争の名の下での「なし崩し」のパリ協定違反をなじる者はなかったし、東シナ海日中中間線の中国ガス田もまた、「なし崩し」越境掘削がいまも続く。中国国防相がパネッタ米国防長官との会談後、威嚇的な対日軍事行動をほのめかしたのも、米側のオスプレー沖縄配備も含む「域内現状変更協議」が米中両国間で進行中との、ある種のシグナルだろう。歴史を戻せば、72年2月のニクソン北京到着を地軸に、その前後の実に長い長い日々が、周恩来首相、キッシンジャー補佐官、さらにそのニクソンとの間で共有されている。ここに現代版密約”サイクス・ピコ協定”がないとは、だれも断言できない。他ならぬ「沖縄返還日米密約」も、ニクソンが当事者だった。
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