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2013-01-20 00:00
北方領土問題での個人的得点稼ぎを排す!
松井 啓
大学講師
ロシアとの北方領土問題解決には長期的大局的視点から国民的合意を形成することが先決であり、十分な準備のないままに時の政権が一歩を踏み出すべきではない。そのことをこの2年来指摘してきたが、1月8日の産経新聞によれば、東郷元外務省欧亜局長がロシア側から1992年に「平和条約を待たずに2島返還」の秘密提案があったことを証言した由である。更に11日の朝日新聞によれば、この問題で安倍首相の特使として訪露することになっている森元首相は、北方領土問題について「3島返還が一番いい」と発言したとのことである。これらの発言が、ロシア側動向に関する多くの情報収集の結果に基づく日本国内向けの観測気球であるのか、ロシア側の出方を窺うための試し打ちであるのかは、不明であるが、一般論として、日本国内での意見の収束ができていない段階で、個々人が長期的観点を欠いたまま種々発言をするのは、足並みの乱れを露呈するだけであり、対ロ交渉上好ましくない。
スポーツの世界と異なり、外交の世界では、単純明快、正々堂々、公明正大、フェアプレー、友愛と友好の精神は、そのままでは通用しない。外交交渉では、最初の売り出し値はできるだけ高く設定し、以後最後まで手の内は明かさないのが鉄則である。ロシアの国民性は、辛抱強く、深慮遠望で、大局的見方に長けている。プーチン大統領は既に「引き分け」を示唆しているから、消耗する交渉となろう。領土問題は、日本で国民的合意が必要であると同じように、ロシアでも大統領の一存で決まる話ではなく、国民的支持(特に軍事基地を持つ軍部の支持)が必要なことは言うまでもない。
冷戦時代が終焉して20年以上が経過した現在、日本は東西対立の枠組みから脱却する必要がある。領土問題のみを取り出して交渉するのではなく、2国間関係全体の中での解決を模索していかなければならない。この問題が国際舞台(国際司法裁判所、欧米諸国の支援)で解決されると期待してはならない。プーチン大統領は、APECサミットをヴラジオストークで開催し、ここを石油・ガスパイプライン、シベリア鉄道、北極海航路などの拠点として、東シベリア・極東の経済発展を図りたいと考え、貿易、技術、経営ノウハウ面での日本との協力を望んでいる。米国等におけるシェールガス開発はロシアにとってはマイナスに作用するので、ロシアからみた日本の価値はいま格段に高まっている。他方、現実的、具体的に考えれば、ロシアの四島占拠が非合法なものであるとしても、その「即時一括返還」はきわめて難しい。四島にはロシア国民が居住するが、係争地居住民の取り扱いに関しては、独仏間のアルザス・ロレーヌ地方、ハンガリーと周辺諸国、旧ユーゴスラビア等々、ヨーロッパには多くの先例があるので、参考にできよう。少なくとも問題の解決には、30年(一世代)の経過期間が必要であろう。
更に、ロシアの軍事基地の存在も大きな問題であるが、シベリア鉄道、北極海航路等を視野に入れた国際政治・地政学的バランスの変化、米・中両国の地域政治に占める力の比重の変化を考慮すれば、米国はこれ以上東アジアで問題を起こしたくなく、むしろ日露関係が早急に安定化することを望んでいるだろう。中国の海洋進出はオホーツク海、北極海航路をも脅かす存在となる恐れあり、中国の海洋拡大を抑制するためには、日米露の協力は好ましく、南方でのアセアン諸国、オーストラリア、インドとの協力関係強化の動きを追う必要があるであろう。最後に、ロシア内政を見れば、領土問題を含めた両国関係の進展は、プーチン大統領の時代にしかあり得なく、日本はこの好機を逸してはならない。ロシアは安倍政権の安定度を見極めるため、参議院選挙のある7月以前では、値踏みはしても決定的な動きはしないであろうから、日本側の関係者はこの段階で個人的な得点稼ぎをしようとあせってはならない。さもなければロシアに足元を揺さぶられ、不利な結末を迫られることとなる。
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