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2013-05-12 00:00
五十嵐武士氏の訃報に接して考えたアメリカのこと
山田 禎介
国際問題ジャーナリスト
まだこれからとも思えるアメリカ政治外交史の五十嵐武士先生の訃報を聞いた。十年近く前だったか、神奈川県葉山でのシンポジウムで、一度きり、先生とご一緒した。アカデミズムには門外漢のわたしだが、アメリカの新聞社USA TODAY 編集局駐在経験から”地べたのアメリカ”を話題にしたことに、穏やかに、しかもアカデミックに解説された先生だった。シンポジウムでの会話のきっかけは、それより前のわたしのベルギー駐在時代の記憶で「五十嵐先生はブリュッセルを訪問されましたね」と話すと、小、中学同級生がわたしも知るブリュッセル駐在の外交官で、その縁での訪問とのことだった。先生には、よくある脚光を浴びた学者にありがちなごう慢さはなかった。国際政治関連の学会のお弟子さんも、続々追悼文をメディアに寄せられるだろうが、わたしはここで別の面での「学者五十嵐武士とそのアメリカ」を語ってみたい。
葉山での一泊二日のシンポジウムには、キーパーソンとして樺山紘一先生、パネリストにはこの「百花斉放」にも登場される袴田茂樹先生もおられた。ホテルでの夜のコーヒーならぬアルコールブレークには、これらの先生が参加されたが、いずれも酒豪で、わたしは早々に退散した。だが秋田人と聞く五十嵐先生はまったく酒に乱れることなく、昼間のシンポジウム同様のやさしい議論を続けた。五十嵐先生は長年のアメリカ研究分析で、民主党ジョン・ケリー候補(現国務長官)優勢と伝えられたなかでのジョージ・W・ブッシュ再選は、「予想外」ではなく、「極めて当然」のことだったと解説された。その決め手となったのは「オハイオ州での勝敗問題」だった。遅ればせながら、その後の日本でもようやく注目され始めたことだが、「アメリカ大統領選で、オハイオ州で負けた共和党大統領候補が、大統領選に勝った例はなく」、ブッシュ陣営は万全の作戦でこのオハイオの選挙戦を乗り切ったと、ホテルの夜はシンポジウムでの内容を再整理し、またわたしは見逃していたが、そのような開票直後の予測も論じていた、と酒盃を傾けながら先生は語った。
いま日本では、選挙制度について単純なまでの公平感、潔癖感が根底にあるかのような「一票の格差問題」が焦点となっている。一方、海の向こうのアメリカ大統領選での「ウィナー・テーク・オール(各州過半数勝者の選挙人総取り)」は、ちょっと事情が違う。これはアングロ・サクソンの古い時代の村落選挙に淵源があると聞くが、日本人の一般感覚とはまったく違う。その意図は選挙に向け投票者に「論議を尽くせ」という趣旨が根底にあるからともいう。念仏のように民主主義の根本は「少数意見の尊重」と、学校教育で叩き込まれた日本人だが、もっと考えるべきでもある。アングロ・サクソン選挙のDNAの究極は、南半球オーストラリアで続く「候補者優先順位付強制投票」で、棄権者には罰金も科せられる。ここでも「論議を尽くせ」と究極の「少数意見の尊重」が図られている。日本でいう単純に有権者数と候補者数を考える「区割り」以上のなにかが、有権者には求められているのだ。こんなことも、機会があれば、比較政治論も専門だった五十嵐先生に聞いてみようか、と思ったが、その前に亡くなられてしまった。
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