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2013-07-20 00:00
東郷・パノフ共同論文を評価したい
杉山 敏夫
団体職員
さる7月18日付けのロシアの『独立新聞』に、東郷和彦元外務省欧州局長とアレクサンドル・パノフ元駐日大使の共同論文が掲載された。両者は共に日露交渉の中枢を担った元外交官である。以下、同論文を概観した上でコメントしたい。論文のタイトルは「日ロ平和条約交渉問題の解決に向けて」(タイトル邦訳は『朝日新聞』デジタル版に拠る)で、論文は主に2つの議論から構成されている。第1の議論は、今後の日ロ平和条約交渉の成功の条件についてであり、次の5点が指摘されている。それらは、(1)交渉は長期的で緊張したものとならざるを得ないことから、「早急な解決」を期待するべきではなく、交渉を無理にせかしてはいけない、(2)交渉は完全に秘匿された形で行い、関連する情報が外部に漏れないようにしなけれなばらない、(3)外務省間の公式チャネル以外に「非公式チャネル」を設定する必要がある、(4)日ロ関係を複合的に改善させ、国益の矛盾や衝突がないことを両国民に理解させなければならない、(5)どちらか一方の「譲歩が避けられない」といった、特定の政治家や政治評論家の偏った議論を避ける必要がある、の5点である。
第2の議論は、日ロ平和条約問題解決のための「方向性」についてである。東郷・パノフは、交渉を始める段階においては、双方の間でこれまで提案されてきたすべての解決策を検証する必要があると指摘した上で、1956年の日ソ共同宣言を交渉の出発点とする案を提示している。同宣言は「両国関係においてもっとも意味のある法的な文書」であり、また「両国の立法府によって批准がなされた唯一の文書」であるから、これを出発点とすることは自然であると論じる。同宣言の第9項は北方領土に関するものであり、平和条約締結後に歯舞、色丹2島を日本に引き渡すことが定められているが、これを「いつ、どのような条件で実現するか」、「条項の内容について両国がどのように解釈するか」については、入念かつ綿密な検討が必要だとする。一方の国後、択捉2島については、双方が受け入れ可能な「法的な特別共同経済特区」を作るための交渉を進めるべきだとしている。以上が、本論文の概要である。
さて、東郷・パノフ論文の主題を端的に表現するならば、それは「2島返還交渉・2島共同開発」の勧めとでも言えるものであるが、以下数点にわたってコメントしてみたい。まず、東郷・パノフ論文は、日本側の一部で主張され続けてきた「2+2方式」について、パノフがより踏み込んだ理解を示している点で興味深い。ロシア側はこれまで、歯舞、色丹の2島返還をもって「北方領土問題の解決」と主張してきたからである。しかし、その一方、東郷・パノフも自覚的であるが、論文には「2島返還交渉・2島共同開発」のための具体的内容や具体的段取りはほとんど示されていない。特に「2島共同開発」ないし2島を「法的な特別共同経済特区」にするための具体的な方策はほとんど語られていない。ここで適用される法とは、果たしてどのようなものなのか。共同経済特区で問題が起きた場合、日ロどちらの国の法律が適用されるのか。論文では、この経済特区案について「1998年11月に小渕恵三首相がモスクワを訪問した際、ロシア側から類似の提案があった」との言及がなされているが、モスクワ宣言でも「共同経済活動を双方の法的立場を害することなく実施するための共同委員会を設置する」ことが指摘されているだけである。以上から考えると、論文は「実は何も新しいことを言っていない」が、「交渉の出発点を元外交官が共同で示した」という点で、大きな意義があると思われる。
他方、日本がこれまで主張してきた「4島返還論」の立場を変え、「2+2方式」で北方領土問題の解決を図ることになった場合の日本外交全体への影響も懸念される。これは特に、尖閣諸島や竹島の領有権を巡る問題について、中国や韓国に対する誤ったシグナルを送ることとならないだろうか。したがって、同論文が発表された翌日、菅長官がこれを「民間人による提言」と一蹴したことは、対外向けのゼスチャーとして正しいと考える。だが、参院選後に取り組むべき主要課題の一つとして、北方領土問題が世間で広く認知されたことの意味は重い。最後になったが、同「論文」に対して、各メディアや先の菅長官は、東郷・パノフ両者による「提言」との名を与えているが、「論文」全体から読み取れることは「提言」というより、「議論のたたき台」が適切であると思われる。「提言」には、「○○をすべきである」という積極的な含意があるが、同論文全体のトーンは冷静沈着であり、控えめである。東郷・パノフが論文の最後にいみじくも述べているように、本論文は「様々な解決案を考える刺激を与えるための討論の『広場』を提供するため」のものであり、「真理は、議論の中からのみ生まれる」という言葉は静かだが強い。同論文の中身には、様々な検討課題があることは確かだが、東郷・パノフによる勇気ある執筆を評価したい。
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