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2014-01-09 00:00
靖国ではなく、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で追悼せよ
河東 哲夫
元大使
安倍総理の昨年末の靖国参拝の余波はまだ続いている。日米中の間の心理的なねじれが、響いている。日本でも中国でも、約70年前終わった戦争の傷がこれだけ新しいというのは、世界史の中でも珍しい。例えば日本が関わっている例だと、1918年のシベリア出兵があるが、70年後の1988年にはソ連国民の間ではほぼ忘却されていた。第2次世界大戦が何であったのか、その認識が日本人と中国人で全く違うことがねじれを生んでいる。日本人は対中戦争のことを忘却しており、「先の戦争」と言えば対米戦争のことしか思い浮かべない。そして極東軍事裁判は勝者による一方的なものだ、サンフランシスコ平和条約で右裁判の結果を承諾したのでもう文句は言えないが、天皇を守るためにすべての責任を象徴的に負わされ死刑を宣告されて死んでいったA級戦犯の霊を悼むくらいいいではないか、と考える。
高度成長の時代には日本人は戦争のことを忘れていたが、その後の「失われた20年」で生活が苦しくなってくると、これは円を吊り上げている米国のせいではないかという思いが出てきて、戦争のことを思い出す。「対米戦争で日本は悪くなかった」というわけである。他方、中国人は「先の戦争」は抗日戦争だったと思っている。国民党政府を相手にした国共内戦の方も惨禍は大きかったはずだが、抗日戦争の方が印象は強い。中国が開発途上国で日本の援助を必要としていた間は、中国人も黙っていたが、国力がついてくると日本に対してはっきりと主張するようになった。このねじれ構造の結果、靖国などの場合、日本人はアメリカのことばかり意識して動き、アメリカ世論の反応のことを考えて種々発言しているのに、中国人はそれが自分に向けられたものと考え、反応するということになる。そうなると日本人は、「戦後70年もたっているのに、まだ中国人は・・・」と考えて反発する。
日米の間のねじれはどうか。勝った米国には、日本人の心の痛みはわからない。靖国のことも、今さら過去のことでアジアに騒ぎを起こし、よけいな負担を米国にかけてほしくない、という気持ちが先に出る。安倍総理の靖国参拝に対して米国大使館はdisappointedという声明を出し、それが日本人を慌てさせたり、怒らせたりしている。「アメリカを怒らせてしまったのではないか」と心配する向きがあるかと思えば、「アメリカは中国の肩を持つのか。干渉するのはおかしい」と憤慨する向きもある。しかし前後の経緯を見ると、このdisappointedという言葉には過剰反応するべきではないと思う。報道によれば、日本側は総理の靖国参拝を米側(多分、在京米大使館)に事前に伝えている。伝えられた米側は困ってしまったことだろう。中国、韓国が反発することは目に見えている、その場合、通報を受けていたことが明らかになると、中国、韓国は米国は「なぜ日本を止めなかったのか。米国は日本の戦争責任を見逃すのか」と言ってくる。さりとて日本の総理に「行くな」とも言えないし、どうしたらいいだろう、ということで発表したのが、あのdisappointedという声明だったと見える。
つまり、外交的に言えば、米国はこの件はあの声明だけですませるつもりだったので、それを深追いすれば、日本は自分を不利な立場に追い込むだけだろう。いろいろあるが、A級戦犯の中には対中戦争に責任のある人達もいる。日中戦争で中国の人々が日本側から受けた残虐行為、被害を思えば(日本人も残虐な目に会ったが、日本本土で受けたわけではない)、総理の靖国参拝を見た時の中国人の気持ちもわかる。どこの国でも、戦死者を祀る国立の場所はあって、政府の儀式はそこで行う。安倍総理も「私人として靖国に」などと言っていないで、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で毎年、政府として日本のために犠牲となった方々の霊を弔うことをするべきだと思う。いまは終戦70周年の来年に向けて、それを始める好機ではないか。
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