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2014-07-23 00:00
プーチン、トラバサミにかかって孤立
杉浦 正章
政治評論家
オバマが柔道で言う“絞め”に入った。プーチンが手で合図すれば負けを認めることになるが、まだもがいている。シリアで逃げを打ち、ウクライナでプーチンのなすがままに任せたオバマのパワー・ポリティクスは、千載一遇の逆転チャンスを迎えた。世界の目がマレーシアに渡されたブラックボックスに向いているが、ウクライナ軍による撃墜の重要証拠は機体やミサイルの破片にある。国連安保理決議に基づく国際的な調査が行われれば、動かぬ証拠となる。証拠を突きつけ、米国主導による対ロシア制裁が本格化する流れだろう。マレーシア機墜落をめぐる情報戦は、ウクライナが完全に主導権を握っている。しかしウクライナにしては完璧すぎる。おそらく米国防総省の諜報機関である国家安全保障局(NSA)がフルに活動して、バックアップしているのだろう。国務長官ケリーの発言からも分かる。ケリーは「弾道ミサイルがどこから飛んできたか、マレーシア機がレーダーから消えた正確な時間が何時かなど全て分かっている」と言明している。さらに「ミサイルシステムがロシアから親ロシア派に渡ったのはあきらかだ。全てはロシアが援助し、武器を供給し、攻撃を促し、訓練している」と断言した。マレーシア機を墜落させたのがロシア製対空ミサイルシステム「ブーク」であることを言わんとしているのだ。そしてプーチンへの名指しを控えてきたオバマは、ついに「プーチン大統領は親ロシア派に調査に協力させる直接的な責任がある」と発言するに到った。
NSAの支援を受けたウクライナ側の公表も素早かった。武装集団のメンバーの会話は決定的な状況証拠だ。武装集団の傍受記録は「民間機を落としちまった」に始まって、「まだ破片が飛んでいる」 など生々しい。大隊長の会話は「フライトレコーダーの行方を知りたい。これはモスクワからの指示だ」と、ロシア国防当局か、場合によってはプーチンの指示が、親ロシア派に届いていたことを意味する。ロシアと武装集団の密接な関係を物語る証拠だ。慌ててミサイルシステムをロシア側に送り返す映像も公表された。ロシア国防省はこれらの情報をねつ造と否定、ロシアのマスコミも「交信記録の傍受情報は明らかなねつ造」と一斉に報じたが、根拠は薄弱だ。会話した者の名前まで分かっているのに、白々しいとしか言いようがない。だいいちモスクワ市民がオランダ大使館の前に花束を置いたり、陳謝のメッセージを置いたりしているのは、ロシア国民には全てが分かっている証拠なのだ。
こうしてプーチンは、米国とウクライナによる巧みな情報戦で追い詰められ、孤立化の一途をたどっている。ここにきてその発言も、ロシア軍とは一線を画し始めた。ロシア軍がいまだに「明らかにウクライナ軍が攻撃した」「ウクライナの戦闘機が接近した」などと主張しているが、ウクライナが世界を敵に回す行動を取るわけがない。明らかにブークの操作になれない親ロシア武装勢力側が民間機をウクライナ軍機と見誤ったのだ。利口なプーチンがこれを察知しないはずはない。プーチンの口からは「ウクライナがマレーシア機を撃墜した」という言葉は発せられていない。決定的な証拠を突き付けられた場合の言い逃れを意識し始めている。今後武装勢力が独走すれば、プーチンはこれまでけしかけてきた戦略を一転させて、同勢力を切り捨てざるを得ない場面に到る可能性もある。そこで決定的証拠とは何かと言えば、ブークであるという物証であろう。世界の目は親ロシア派からマレーシアに引き渡されたブラックボックスに集まっているが、そのフライトデータから得られるものは少ないだろう。せいぜいミサイルによる機体爆発の時間から、ミサイル発射地点が判別でき得ることくらいとみられている。瞬時の爆発で会話なども録音されていまい。むしろ国際調査団がブークの火薬や断片を発見すれば、これが動かぬ証拠だ。プーチンはオバマの“絞め”に時間稼ぎでその隙をうかがっているのだ。
しかしこれまでロシアに対して融和的であった、ヨーロッパ各国は証拠が出れば方針転換せざるを得まい。ロシアと経済的な結びつきが強いオランダの死者は、192人と最高であり、政府も世論も一変して、ロシア批判に回っている。英、独、仏の首脳による電話会談では、ようやく「ロシアが必要な措置を取らなければ、追加経済制裁を実施する」ことで一致した。死者27人のオーストラリアも世論が激昂している。こうしてプーチンは恐らく逃れることのできないトラバサミのわなにかかった熊のような状態を自覚せざるを得ないのだろう。それも自ら仕掛けた、親ロシア派の育成というトラバサミにかかったのだ。一方日本に目を転ずれば、首相・安倍晋三のプーチンとの関係をおもんばかってか政府の発言が少ない。これを察知した米国は国家安全保障会議(NSC)のアジア上級部長・メデイロスが7月21日、自民党衆院議員・河井克行との会談で「国際社会が透明性のある調査をできるように、日本政府も発言してほしい」「日本のしっかりした発言を期待している」と要望するに到っている。ロシアが北方領土で譲歩することなど当分あるまい。事は国際社会の正義がなり立つかどうかの場面であり、安倍も私情はさておいて、ここは毅然とした態度を示すべきであろう。
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