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2014-07-29 00:00
(連載2)スンニ派とシーア派の相違の由来
河村 洋
外交評論家
第二に挙げるべき点は、被抑圧者としての精神的土壌である。今日では世界のイスラム教徒人口の内でスンニ派が85%を占めるのに対し、シーア派は15%である。これを表す最も象徴的な行事がアシュラの日である。この日、シーア派はカルバラの戦いでウマイア朝の圧倒的な力に立ち向かったフサインの殉教に哀悼の意を表する。フサインと彼に従った者達が受けた苦痛と悲嘆を共有するために、シーア派の男性達は自らの体を血が出るまで鞭で打つ。儀式はただの儀式ではない。それによって共同体や宗派内での思考様式が形成される。宗派の選択は人生の在り方の選択である。毎年行なわれる儀式から、シーア派の人々は身体的な痛みと苦しみによって自分達の宗教的情熱、そしてルホラ・ホメイニが「被抑圧者」を意味するために好んで使った「モスタザフィン」(mostazafin)という語に託した自らの歴史的立場を思い起こすのである。
スンニ派とシーア派の関係についての初歩的な理解に鑑みて、外交政策上で見逃せないものは最近のイランとサウジアラビアの和解である。広く知られているようにイランはシーア派の神権政治体制だが、サウジアラビアはスンニ派でも極めて保守的なワッハーブ派を奉ずる君主制である。今年の5月13日にサウジアラビアのサウド・アル・ファイサル外相はイランのモハマド・ザリーフ外相と湾岸地域の安全保障およびシリア問題について会談した。両国の関係は劇的に改善するのだろうか?それは考えにくい。
サウジアラビアにとってイランは強大な隣国であり、『エルサレム・ポスト』紙が6月11日付けの論説で主張したように「イランの怒りをかわないことが、彼らにとって賢明なのである」ということだ。問題はイランがシーア派伝道主義のイデオロギーを振りかざすので、サウジアラビアのペルシア湾岸油田地帯で社会的にも経済的にも疎外されたシーア派が刺激されかねないことである。こうした「モスタザフィン」達が住処を追われ貧困生活を強いられている中で、スンニ派は石油利権を支配している。イスラエルがイランの核攻撃を主要な脅威と見なしているのに対し、サウジアラビアはイランのシーア派覇権主義を警戒している。
テヘランのシーア派神権政治体制の性質とアラブ近隣諸国の政治を考慮すれば、イランとサウジアラビアが劇的に和解すると考えるのはあまりにも楽観的である。ましてやイランに地域の警察官役を期待するなど論外である。スンニ派アラブ王政諸国がパーレビ時代のイランをペルシア湾の憲兵として受け入れたのは、その国が世俗的な啓蒙主義国家であり、アメリカの重要な同盟国だったからである。遺憾ながら今日のイランは東アジアでの中国と同様に、ペルシア湾岸では周囲とは全く異質な存在である。現在のサウジアラビアの行動は、ナチス・ドイツに宥和したイギリスさながらの行動に見える。アメリカがもっとウィルソン主義外交に出ていれば、ネビル・チェンバレンもアドルフ・ヒトラーにもっと強い態度に出ていたであろう。現代ではアメリカの敵対勢力と話し合い姿勢を見せるオバマ政権に対し、サウジアラビアが不安感を募らせている。現在の外交政策を分析するうえでも文化と宗教に関する初歩的な理解はさほどに重要である。(おわり)
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