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2014-10-08 00:00
香港危機で貴重な機会を逸した日本
高峰 康修
岡崎研究所特別研究員
香港の行政長官の選挙制度を、2017年から、実質的に中国政府が認めた者の立候補しか認めないように変更することに対する、学生を中心とする抗議運動「雨傘革命」の帰趨は、予断を許さない。中国政府は、ソーシャル・メディアにも工作員を侵入させる、抗議運動を孤立化させることに成功しつつあるようにも見える。そうであるとすれば、その原因の一つは、英国統治から一国二制度への移行を経た香港の住民が、民主主義を天与のものと思い込んでいることが原因の一つかもしれない。この点、自らの手で民主主義を戦い取り、育てている台湾で起こった、「ひまわり運動」とは対照的である。
抗議運動がどうなるにせよ、日本が貴重な機会を逸したことは間違いない。米国のオバマ大統領は、10月1日にホワイトハウスで行われた、王毅外相とスーザン・ライス安保担当補佐官の会談に同席するという異例の行動をとり、「香港の安定、繁栄に不可欠な、開かれた社会システムを支持する」と明言した。ケリー国務長官は、「香港基本法に基づく普通選挙を支持する」と、王毅外相に言った。台湾の馬英九総統は、9月29日に「世界台湾商会連合総会」の年次総会で、「香港住民が行政長官の自由な指名と選挙を求めることを、理解し支持する」と述べ、さらに、国民党の会合では「北京が抗議運動への対処を誤れば、両岸関係に影響があるであろう」とまで言った。親中派とされる馬英九にしてこの対応ぶりである。独立派の野党民進党の幹部は、自由、人権、民主主義の価値をさらに前面に出して、香港のデモを強く支持している。英国は、クレッグ副首相が、中国大使に懸念を伝えたが、10月2日付ウォールストリート・ジャーナル社説は、キャメロン首相が沈黙を守っていることを厳しく非難している。
翻って、我が国の対応はどうか。10月3日の記者会見で、菅官房長官は、記者の質問に答えて次のようなことを言っている。すなわち、「日本は香港と極めて密接な経済関係を有しており、香港の将来は日本の大きな関心事である。一国二制度の下、自由で開かれた体制が維持されることを強く望む」と述べた。また、香港当局が強制排除に乗り出した場合の対応について問われ、「コメントしない」と答えた。官房長官が記者から聞かれて初めて答える、ということ自体が、日本がこの問題に鈍感であることを示している。記者会見での発言内容も物足りない。安倍総理は、自由、民主主義、人権、法の支配といった価値観の重要性を掲げながら、「地球儀俯瞰外交」を展開してきた。香港の問題は、まさに、これらの諸価値観が問われているのであるから、本来、総理自身が率先して踏み込んだ発言をすべきである。その内容は、自由、民主主義、人権、法の支配を強調し、当局の弾圧により流血などの事態に至った場合は、経済制裁などの重大な結果がもたらされることを警告すべきであった。さらに、早期に米国や豪州などと相談して、そういう事態が発生した場合には、11月に北京で開催されるAPECをボイコットすることを検討すると明言すべきであった。
人権問題は、それ自体重要な価値であるし、有用な外交カードでもある。特に、日本が踏み込んだ発言をしていれば、台湾のような国は、一層親日的になったことであろう。もちろん、米国も価値観の共有ができたということで、大歓迎したであろう。中国対しては、日本も人権カードを持っていることを知らせることが出来た。しかし、今や、タイミングを逸してしまった。もはや流血の事態に実際になってしまった時ぐらいしか、言う機会が無い。あくまで仮定の話だが、APECでの日中首脳会談実現の支障にならないよう抑制しているなどということがあれば、重大な誤りである。外交センスの乏しい政権であれば、初めから期待しないが、外交面で次々と大きな得点を挙げている安倍政権は期待値が高いだけに、その分どうしても厳しい評価をせざるを得ない。
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