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2015-01-12 00:00
(連載2)ロシアのエネルギー戦略の経済合理性と政治性
袴田 茂樹
日本国際フォーラム評議員
この突然の中止の最大の理由は、私は経済問題にあると考えている。原油価格(それに連動したガス価格)の下落で、ガスプロム社もロシアの国家財政も、資金的に苦境に陥っていて、「南ストリーム」を完成させるための巨額の費用を到底捻出できなくなったからだ。また欧州経済の停滞で、さらに欧州諸国のエネルギー輸入先の分散化政策で、ロシアのガスに対する需要の増加も見込めない。その結果、「南ストリーム」建設プロジェクトは到底採算が合わなくなったのである。プーチンの声明は、単にこの経済的事実を認めただけとも言える。さらに、政治と経済が絡んだ問題も背景となっている。EUが「第3次エネルギー・パッケージ」を重視すると共に、ウクライナ問題をめぐるG7の対露制裁、特に金融制裁が奏功し、ガスプロム社の国外での資金調達が不可能になった。ロシアは国外で銀行コンソーシアムを組織して資金の4分の3を調達するはずだったが、それも不可能となった。
もちろん今回の声高なロシアの発表は、ロシア側からの政治的対応という側面が大きい。プーチンも12月18日の記者会見で、「もし欧州諸国がリスクのないロシアのガスを是非とも欲しいというのなら提供しよう。もし要らないというのであれば、ガスを送らないだけだ」と脅した。ガスプロムのミレル社長も、「南ストリームはウクライナ経由のパイプラインを潰すためのもので、ロシアはトルコという新たな戦略的パートナーを得た勝利者である。ガスが欲しい者は自らトルコ国境まで取りに来なさい」との強がりを述べた。これらは、ウクライナ問題に対する欧米の厳しい対露批判や制裁に対抗する政治的反発でもあり、ロシアの政治的意図が、感情的と言えるほどストレートに出ている。ロシア内外の多くの専門家が、ロシアの今回の決定を政治ゲーム、あるいは地政学ゲームと称する所以でもある。「トルコとの合意」なるものも単なる相互理解の覚書にすぎず、正式の契約ではない。トルコから先のパイプラインは白紙状態だ。EU各国の企業が大きなコストをかけてロシアからのガス入手のためにトルコまでのインフラ建設をする状況にはない。つまり、現実的には「南ストリーム」に代わる代替策はない。ロシア側のトルコ経由の代替案発表は、経済的な裏付けの全くない政治的パフォーマンスにすぎない。結局、ウクライナを迂回する「南ストリーム」というロシアのエネルギー国家戦略は、国際的な経済、政治状況の変化によって頓挫したのである。
以上、ロシアの「南ストリーム」の中止をめぐる経済的、政治的背景を説明した。ロシアがエネルギー資源を、単なる経済的利害のためではなく、国家戦略の手段として利用していることは明らかだ。EUが、現在エネルギー面での対露依存を小さくしようとしているのも、このことと密接な関係がある。対露依存が大きすぎるとクリミア併合やウクライナ東部の紛争といった深刻な状況に直面しても、効果的な対応が制約されるからである。
緊張した日中関係などを考えると、日本にとってロシアとの良好な関係は戦略的にも重要だ。一方でわが国はロシアに対して、北方領土問題を解決して平和条約を締結するという根本問題を抱えている。国家主権とか領土保全といった問題は、単に政治的友好関係や経済関係を密にすれば解決すると言えるほど甘くはない。そのことは、尖閣問題や竹島問題を見ても明らかだ。将来、ロシアと平和条約問題決着のための領土交渉を真剣に行うときが来るとすれば、当然、国家主権をかけた厳しいやり取りも覚悟しなくてはならない。天然ガスや電力などのエネルギーの基幹部分を、海底パイプライン、海底ケーブルなどの長期契約で固定すれば、そのことが日本の対露交渉力のアキレス腱ともなり得る。したがって、例えばロシアからの天然ガス輸入は、現在のように液化天然ガス(LNG)を中心にするなど、エネルギー安全保障の観点からの配慮は当然必要となる。(おわり)
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