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2015-01-30 00:00
地政学リスクが戻ってきた
鍋嶋 敬三
評論家
「イスラム国」(ISIS)による日本人人質事件は日本に大きな衝撃を与えた。非国家のテロ組織が強力な軍事力を持ち、中東や北アフリカに浸透、世界の新たな脅威になった現実を改めて思い知らされた。ダボス会議の主催で知られる世界経済フォーラム(WEF・本部スイス)が1月半ばに発表した「Global Risks 2015」はベルリンの壁崩壊後25年にして「地政学のリスクが戻った」と宣言した。世界における10のリスクのトップは「国家間の紛争」である。「国民統治の失敗」(3位)、「国家の破綻や危機」(4位)が上位を占めた。かつては上位にあった経済的危機が後退し、今年は5位(失業)にとどまり、環境危機(異常気象)が2位に入るなど変化が激しい。
米国のリスク調査会社「ユーラシア・グループ」も、その10日前に公表した「TOP RISKS 2015」で「地政学が戻ってきた」と同じ表現で今年の特徴を示した。1位は「欧州の政治」、2位が「ロシア」で「イスラム国」が5位に入った。ロシアによるウクライナ侵略、中国の領土拡張の動き、欧州連合(EU)の存立を脅かすギリシャ問題、中東の混乱など世界の秩序を揺るがす危機が進行している。政治的リスクに加え、原油価格の急落、極端な水不足、社会格差などのリスクとの相互作用を考えると、世界が直面する課題はさらに深刻である。地政学的リスクの復活について、ユーラシア・グループは「世界秩序の再調整の動き」ととらえている。経済発展で自信をつけた中国の自己主張、経済的苦境に追い込まれたロシアの失地回復の願望が欧米との対立を強め、世界のリスクを高めている。
大国間の戦略的競争の裏にナショナリズムの鼓舞がある。ロシアのプーチン大統領の支持率は就任時の67%がクリミア半島を武力併合後の2014年3月には80%、11月には88%という驚異的な数字に跳ね上がった(TOP RISKS)。ロシアは米国による世界的な安全保障、金融体制を打破しようと、中国との協力を深めることに腐心しており、これが2015年における「最も重要な事態になろう」と同グループは分析した。中国主導の「中ロ枢軸」に向かう可能性は否定できない。日ロ関係を進める上で極めて重視すべき視点である。安倍晋三首相は延期されたプーチン大統領の訪日を今年実現するとしている。しかし、「北方領土は第2次大戦の結果、ロシア領土になった」(1月21日ロシア外務省談話)と強弁するロシアとの間で、北方領土問題を解決して平和条約を結ぶ環境にないことは明らかだ。
ロシアの談話は、岸田文雄外相が1月20日、ベルギーでの講演で「日本は主権と領土の一体性を尊重し、力による現状変更は容認できない」と述べたことへの反論だった。ソ連は1945年8月8日、日ソ中立条約を破って対日参戦し、日本のポツダム宣言受諾(8月14日)後も攻撃を続け、終戦後の8月28日から9月5日にかけて北方領土を不法占領したのが歴史的事実だ。ロシアが日本に対して「歴史を逆さまにとらえるもの」(同談話)と非難するのは黒を白と言いくるめる類いである。戦後70年を迎えたが、ロシアは中国と並んで日本の安全保障上のリスクであることに変わりはない。ロシアのウクライナ侵略にもかかわらず、安倍首相はプーチン大統領と会談し「信頼関係」を自負しているようだが、信頼関係は歴史的事実を正当に認めることから始まる。首相はロシアが世界の地政学上のリスクのトップに位置付けられていることを正しく認識すべきである。このような情勢下でプーチン訪日計画を進めれば、米欧諸国から日本外交の方向性について不信をかき立てる結果を招くだけであろう。
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