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2015-06-03 00:00
南シナ海で「砂の長城」を死守する“巨獣”
杉浦 正章
政治評論家
マンガで表現するとしたら、得体の知れない巨獣がうなり声を上げながら、南沙諸島に食らいついている図が適当だろう。軍のトップが周辺諸国に対して「小国は挑発的な行為をとるな」とは、旧日本軍の幹部でも口にしない暴言だ。グレーゾーンが「中国領土」に次々と変わってきているのを見て、米軍関係者は「もはや言葉では埋め立てを止めさせることは出来ない」と漏らすに至っているという。太平洋軍司令官ハリスが述べた「砂の長城」は、いまやコンクリートで固められた要塞となりつつある。国家主席・習近平は自分が現実に行っている国際法秩序の破壊を前にして、70年前の歴史認識など口に出来るのだろうか。いやできる。“ラストエンペラー”かどうかは分からないが、勃興期の中国の歴代皇帝は、そういう唯我独尊の態度でふるまうのが仕事であったからだ。いま意気盛んなのは共産党機関紙「人民日報」の国際版「環球時報」だ。米国に紙面で“宣戦布告”をしまじき勢いだ。中国首脳の考えを代弁するかのように「双方が容認できるぎりぎりの線は岩礁埋め立て工事の完遂」とした上で、「米国があくまで工事停止を求めるならば、南シナ海での中米戦争は避けられない」とすごんでいる。
この“意気込み”は5月26日発表の国防白書に「海上の戦闘準備を強化する」戦略を明記したことからもうかがえる。要するに、巨獣は本能のままに行動し始めたのだ。確かに「言葉では止められない」段階に来たかのように見える。人工島には既に兵器が運び込まれているのだ。しかし、米国で言われている「弱虫オバマ」がまなじりを決して本格的軍事行動に出るかと言えば、出ないだろう。東シナ海に防空識別圏(ADIZ)を敷いた際にもB52爆撃機2機を示威行動で飛ばしたが、その後はなしくづしのまま放置されている。今回もメディアを同乗させた偵察機を飛ばして見せたが、まだ本気で“やる気”になっているようには見えない。まあオバマは、「苦汁の選択」をするかどうか、お得意のハムレットのように悩んでいるのだろう。国防総省では、人工島の12カイリ以内に偵察機と第7艦隊を送ることを考えているが、これも示威行動にとどまるだろう。ただ米軍機や艦隊の進入が常態化すれば、それなりに中国の面目を潰し、一定のけん制効果は出るだろう。一方で米国は日本とともに、ベトナム、フィリピンなど沿岸国の査察、警戒能力の向上に支援を進めている。ベトナムには米国からの巡視船購入のため1800万ドルを供与する。
しかしこのままではADIZが南シナ海にも敷かれる可能性が現実味を帯びてきた。一部には9月3日の抗日戦勝利70周年記念日に合わせて敷くのではないか、という観測が出ているが、これは眉唾ものだ。なぜなら習近平は記念日を歴史認識で反日プロパガンダをする絶好の機会と捉えているのであり、これにADIZを合わせて実施すれば、歴史認識問題など吹っ飛び、世界世論の袋叩きに遭うのは火を見るより明らかだからだ。時期はともかくとして、南シナ海にADIZを敷けるかどうかは、習近平がオバマのリバランス(アジア回帰の再均衡)政策に対抗できるかどうかの試金石であり、そのチャンスを狙い続けるであろうことは間違いあるまい。
いずれにしても米中直接対決となれば、日本、豪州を始めアジア各国を巻き込んだ第3次世界大戦の色彩を帯びることになるが、米中ともこれを選択することはあるまい。当分雄シカがその角の大きさを競うように、どっちが強いかの示威行動を互いに続けるだろう。だから一触即発状態は続く可能性が大きい。もっともバブルが弾けない中国は、各国とも商売相手であり、経済関係は“政経分離”というか“軍経分離”の状態で維持されるだろう。ただ本能のままの“巨獣”を、国際世論が放置してはなるまい。ことは焦眉の急を要するのであり、7、8両日、ドイツ南部のエルマウで開かれる先進7カ国(G7)首脳会議は時期といいタイミングといい絶好の機会となる。先に開かれたG7の外相会談では、東シナ海や南シナ海での大規模な埋め立てなど一方的な現状変更に懸念を表明した上で、「威嚇、強制、力による領土または海洋の権利を主張する、いかなる試みにも強く反対する」と宣言した。サミットではさらに強めた宣言が採択されることになる見通しであり、ウクライナのロシアと南沙の中国はいよいよ孤立化の局面となりつつある。
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