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2015-10-04 00:00
プーチン大統領の訪日招待は当面差し控えるべし
松井 啓
大学講師、元大使
ロシアは日本との平和条約交渉開始に向けて着々と前提条件設定に手を打ってきている。あせらせる、じらせる、期限を切る、足元を揺さぶる、期待を限りなく高く持たせる、袋小路に追い込む、仲間割れを誘う、最初の一手は限りなくゼロに近く打ち出して相手にショックを与え、最後の最後にちょっとだけ妥協して、相手には大譲歩をさせるなどの伝統的な外交手法である。日ソ間で毎年サケマス漁業交渉を行っていた頃にソ連側がよく使った手である。メドベージェフ首相以下政府高官の北方領土訪問、国後、択捉両島における軍事基地の強化、シベリア開発の加速化計画の喧伝、戦闘機の日本領空接近、北洋漁業での流し網漁の禁止と日本漁船の拿捕、ビザ無し交流の抑制、「領土問題は70年前に解決済みという史実を認識すべし」とのロシア・マスコミの報道、そして極めつけは岸田外相との会談直後の「日露平和条約交渉の議題には領土問題は存在しない」とのラブロフ外相の発言である。
ロシアは帝政時代から国内政治でも国際政治でも「力」の信奉者であり、「強い者が勝つのは当然」、「弱い者は泣き寝入りをすれば良い」、「自国の利益を優先させて何が悪い」、「事情が変われば約束は反故にして当然」と信じている。北方領土はその地政学的位置から戦略的価値はますます高まっているので、ロシアとしては永久に確保しておきたい重要拠点である。プーチン大統領は自ら望んでソ連秘密警察(KGB)に入り、東独においてスパイ活動をした経歴があり、相手の心理状態を読むことに極めて長けている一方、警察、軍、情報機関をしっかりと掌握しているとされる。護身のために柔道を習い始め、「ハジメ」、「ヒキワケ」などの柔道用語を使って、日本側に期待を持たせている。その腹の内は、領土問題を棚上げにしたまま、極東の経済開発に資金面・技術面で日本の一方的協力を取り付けるという「食い逃げ」であろう。
個人的信頼関係と国益がかかった交渉とは全く別物で、贈物やごちそうで気が緩む相手ではない。ロシアには「食欲は食べるほどに増す」という諺がある。振り返ってみれば、米、欧、中、韓その他周辺国で戦後70年の間、日露(ソ)間に平和条約がなくて困った国があっただろうか。北方領土は平和条約を結ばなければこの2、3年で消えてなくなるものではない。日本側は国内での合意形成等足元を固め、交渉のための種々カードを備えておくべきであろう。北方領土問題は未解決なりに、「国際法を守らない大国」ロシアの「目の上のタンコブ」として機会あるごとに利用していくべきである。クリミヤ半島問題は、経緯、背景を異にした問題であり、自動的に連動させてはならない。
プーチン大統領はクリミヤ半島併合以来80%の支持率を誇ってきた由であり、昨年4月大統領は経済の立て直しに2年待ってほしいと国民に訴えたが、西側の経済制裁等による食料品の品不足や値上がりにより、辛抱強いロシア国民の中からも不満がくすぶり出してきているとの報道もある。油価の下落もあり、国家財政収入の4割を化石燃料の輸出に頼っているロシア経済の現状は散々たるものである。これからの寒く長い冬をどう乗り切るか、見極める必要がある。本年中の大統領訪日招待は差し控えるべきである。
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