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2015-11-08 00:00
シリアでロシアは漁夫の利を得る
松井 啓
大学講師、元大使
ロシアのプーチン大統領はかつて「ソ連解体はロシア史上最大の失策であった」と述べた由である。彼はピョートル大帝とその次のエカテリーナ女帝を尊敬しており、執務室にはピョートル大帝の肖像画を掲げているとのことで、彼の夢は偉大なロシア帝国の再興である。アメリカは自由、人権、民主主義を世界に広めるのが夢であり、朝鮮半島、ベトナム、更にアフガニスタンに介入したが、何処においても初期の成果は得られず、アフガニスタンでは本年中の撤退を宣言したが、未だに収束の見通しは立っていない。チュニジアから始まった「アラブの春」では次々と独裁政権が追放されたが、後継政権は平和を構築できず、この地域はかえって不安定化した。特にシリアでは2011年3月首都ダマスカスで反アサド政権のデモが発生し、内戦状態になってから、既に5年が経過した。反アサド勢力の結集力が弱く、アメリカの後援にも拘わらず武力闘争が続いており、更に「イスラム国」(IS)の勃興により三つ巴の戦いとなって、泥沼化している。アメリカは当初から地上軍派遣を手控え、トルコにおいて反アサド派軍の訓練を行う一方、アサド政権軍及びIS軍に対して空爆を繰り返してきたが、収拾がつかず、ついに10月30日に至り最大50人の特殊部隊を投入することを決定した。
ロシアは9月30日IS軍に対する空爆を開始し、10月7日にはカスピ海に展開中のフリゲート艦から約1500キロ離れたシリア北部のIS軍に向けて巡行ミサイル26発を打ち込んだ。ロシアにとってシリアは武器販売の顧客であり、またシリア西部海岸のタルトゥース港には、ロシアが絶対に失いたくない地中海唯一の海軍拠点がある。これによりシリア内戦は米ロの代理戦争の様相を帯びてきた。プーチン大統領は10月20日にはアサド大統領を急遽モスクワに招き、アサド支援を国際的にアピールした。ロシアはアサド政権から反体制派軍所在の情報を得て、IS軍だけでなく反体制派軍をも空爆しているとの憶測もある。10月30日ウィーンにおいて、アサド退陣を求める米、トルコ、サウジアラビア、UAE、カタール、英、独、仏とアサド支持のロシア、イラン、イラクなど17か国の代表が協議を始めたと報じられている。西欧諸国は、大量の難民受け入れ問題で結束が乱れ、強気のメルケル独首相の支持率は落ちてきているので、シリア内戦が早期に収まり、難民の流出に歯止めが掛かることを望んでいる。
ロシアは「民主的な選挙」を実施することを提案して主導権を握ろうとしている。民主主義を促進するためとして「アラブの春」により行われた選挙は、反体制派の足並みが揃わないためイスラム教を基盤とする既存政権派が優勢となるのが通例であるが、シリアにおいてもアサド政権が継続する結果となろうことを見越しての提案であり、さすればこの地域におけるロシアの発言力はさらに増すであろう。ロシアの世論調査機関によれば,ロシアのクリミヤ半島併合以来、欧米による対ロ制裁にも拘らずプーチン大統領の支持率は85%前後を維持してきており,10月17、18日に行われた調査では前月より3.6ポイント上昇し、89.9%と過去最高となったと報じている。その理由については、IS空爆を開始し欧米との対立姿勢を鮮明にしたことがロシア国民の愛国心を鼓舞したためと分析している。他方、10月31日に224名を乗せたロシア航空機(乗客の大部分はロシア人)が空中で分解・墜落したことは(ISが犯行声明を出しているが真相は不明)、テロとの戦いで強硬姿勢をとる大統領にとっては追い風となるかもしれない。11月4日米経済紙「フォーブス」は世界で最も影響力のある人のランキングでプーチン大統領を3年連続でトップに選んだ。彼の「夢」の次の目標は何であろうか。
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