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2015-11-10 00:00
中国、南シナ海で戦術転換か
鍋嶋 敬三
評論家
南シナ海で「航行の自由作戦」と銘打った米ミサイル駆逐艦「ラッセン」のスービ礁12カイリ内航行(10月27日)は、中国に政策変化をもたらしたか?そうだとすれば、米中関係、アジア太平洋情勢に大きな変化をもたらす。まず、習国家主席のシンガポール演説(11月7日)に目を向けたい。習氏は南シナ海における航行の自由を確約した。「航海と上空の通過にこれまで何の問題もなかったし、これからもない」。その理由は「南シナ海で最も航行の自由を必要とするのは中国だから」である。世界第二の経済大国になった中国は世界最大のシーレーンの受益者である。しかし、その前段で習氏は「南シナ海の島々は古来から中国のものだ。その主権と合法的な海洋の権利と利益を守るのは政府の責務である」と述べており、基本的な主張は変えていない。
米国は領土、領海紛争の当事国のどちらも支持しない「中立」を崩さない。フィリピンやベトナムと激しく対立する中国が南シナ海の岩礁を埋め立てた人工島は国連海洋法条約(UNCLOS)に照らして、島としても、その周囲12カイリを領海としても認めない。米作戦について、英国王立国際問題研究所のヘイトン研究員による「中国は妥協に動いているか?」と題する興味深い論考がある。米国の目的は、(1)スービ礁周辺を領海と見なさないことを示すと同時に、(2)中国が岩礁についてどのような法的地位を主張するかについて探りを入れることだという。中国政府(外務、国防両省)スポークスマンは「領海」ではなく「近接水域」と表現し、主権の「侵害」ではなく「脅かした」と述べたことを、ヘイトン氏は指摘した。これは、「中国政府部内で入念に練った政策転換を示す言い回しで、UNCLOSの文言の範囲内で中国の主張を合わせようとする意図的な努力」を示唆しているというのだ。
中国側で戦術的な政策転換が進んだとすれば、その背景の一つは10月29日、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所(PCA)がフィリピンの提訴を審理すると決定したことで、来年には中国に不利な決定が出る可能性があるためと、ヘイトン氏は分析している。「国際法違反」の烙印を押されたのでは、習政権の掲げる「一帯一路」の海のシルクロードで肝心の東南アジア諸国の協力を得るのが難しくなる。中国自身がUNCLOSの利益を享受している事情もある。最も大きく影響したのは、米国の外交、軍事(砲艦外交)を駆使した説得や威嚇だという。米国も「航行の自由作戦」では駆逐艦が火器管制レーダーを切り、ヘリも飛ばさず、緊張を高める姿勢は一切見せなかった。それどころか、フランシス艦長によれば、何日間も追跡してきた中国艦と電話でやり取りし、米兵が「この土曜日(ハロウィーン)は何をするの?」「こちらはピザと鶏の手羽を頂いた。君らは何を食べる?」と話しかけた。中国兵は出身地や家族のことを英語で話し、最後は「快適な航海を祈る。再会を楽しみに」と丁寧な別れのあいさつを送ってきた、という。
しかし、米側には国際法上認められている「無害通航」をめぐって政権内に混乱が見られた。無害通航権は沿岸国の安全を乱さない前提で、事前通告なしでその領海を他国の艦船が通航できる権利である。ロイター電によると、作戦を当初「無害通航権による」と説明していた米政府筋が、後に「誤り」と訂正したからだ。国防総省報道官は「無害通航ではない」とし、翌日重ねて問われると、明言を避けたという。「無害通航」と言えば、人工島の「領海」を前提とすることになる。ホワイトハウスがしきりに「世界で実施している航行の自由作戦と変わらない」と強調するのも、「領海」を暗に認めたと受け取られたくないためだろう。垣間見える中国の「変化」は11月中に相次ぐアジア太平洋経済協力会議(APEC)、東南アジア諸国連合(ASEAN)などの首脳会議をにらんだ戦術転換ではないか。南シナ海を「内海化」しようとする中国の本質が変わらなければ、アジアの緊張が緩和に向かうと見るのは早計であろう。
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