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2016-05-10 00:00
日露会談を俯瞰すれば「中露分断」が浮き出る
杉浦 正章
政治評論家
元外交官で評論家の三宅邦彦が首相・安倍晋三の、エネルギー開発、極東のインフラ整備など8項目の対ロ協力計画をプーチンに対する「餌(えさ)」とNHKでどぎつく表現した。筆者もそう書こうと思っていたところを言われてしまったので、多少失礼のないように「まき餌」と言い換えたい。安倍がまいた「まき餌」にプーチンがどう食いつくかが今後の見所だ。報道機関によっては、「経済協力が『領土』に先行した」と誤判断しているところがあるが、これは会談の詳細を見ていない。安倍はぬかりなく条件をつけている。「プーチン大統領が訪日される時に成果を少しでも上げていきたい」と述べている。8項目の具体化はプーチンの来日時であると言っているのだ。来日時はいまや領土問題で進展がある時と言うことになっており、経済支援の前提として領土問題での前進を要求しているのだ。もう一つソチ会談での重要ポイントは、中露戦略的パートナーシップ分断へのくさびに成功したことだ。プーチンが会談で、日露安保協力に期待を示した点にも目を向けるべきである。安倍が外交・安保、経済など様々な分野で協力を深める中で、領土問題での歩み寄りを模索することは、大局的には正しい判断だ。
この「まき餌」に対するプーチンの心境を読み解くとすれば、ダボハゼのように食いつきたいところだろう。注意しなければならないのは「食い逃げ」の危険だ。やらずぶったくりが危惧(きぐ)されるのだ。石油価格の暴落と経済制裁で息も絶え絶えの大不況に見舞われているロシア経済にとって、安倍の提示した8項目は国民に希望の目を開かせる絶好のきっかけになり得る。もちろん8項目はG7による制裁の範囲を逸脱していない。ロシア国営テレビの歓迎ぶりを見れば、安倍訪露に対するロシア政府の対応が如実に分かる。5月7日には番組トップで経済協力を詳細に報道、加えて何と「ロシアが国際的な隔離状態にないことは日本の首相に続いて、イタリア首相が6月に来ることでも分かる」と報じたのだ。これはロシアがいかに世界的な孤立から離脱したがっているかということと、制裁がきついという“本音”を如実に物語るものだ。ロシア大統領府は安倍訪露を最大限“活用”しているのであって、北方領土の「ほ」の字も報道しなかったのは、クリミア併合でプーチンが獲得した80%の支持率を失いたくないからだ。ロシアTVの報道ぶりからはロシア大統領府の思惑が透けて見えるのだ。
こうしたロシアの対応は、せきを切ったような対日外交を展開する姿勢に現れてきている。6月からは次官級協議が開始され、9月にはウラジオストクで首脳会談、これがうまくいけば日本側は年内にもプーチンの来日を実現して領土問題の前進を図れる。議会も対日外交推進に傾斜している。プーチンに近い下院議長・ナルイシキンが6月に、上院議長・マトビエンコが10~11月にそれぞれ日本を訪問する。かつてない活発な日露外交の幕が開くのだ。昨年の9月3日に北京で華々しく挙行された抗日戦争勝利70周年記念式典と軍事パレードにプーチンが参加して習近平とこれ見よがしの蜜月ぶりを誇示し、閣僚に北方領土での強硬発言を繰り返させた事とは打って変わる方針転換である。ロシア経済の停滞とその苦しさが方針を変えさせたのだ。安倍が中露の反日戦略での一致を阻止し、逆に日露による外交・安保の緊密化を進めることに成功したことは、大局的に見れば極東情勢に大きな影響をもたらすものである。日本にとって北方領土も大切だが、今そこにある極東の危機への対応の方が切実で重要であることは言を待たない。対中包囲網に懸命の米国はここを理解をするべきであり、安倍の中露へのくさびに感謝しこそすれ不満を抱くようなことではない。西欧諸国も、極東が安定すれば米国はその戦力をより多く欧州、中東に割けるのだ。安倍は先進国首脳会議でこの構図を説明して極東安保への理解を求めるべきであろう。安倍は北方領土と共に極東安保で一石二鳥を狙ったのである。これに釣り込まれたのか、プーチンが日露安保に言及した。中国が極東に多数の企業を進出させ、軍事面でも存在感を高めていることに、ロシア内部では警戒感が高まっている。外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)再開に向けて、日ロ実務者協議が近く開催されることになろう。
問題は安倍の言う北方領土への「新アプローチ」の内容だが、これこそ「群盲晋三をなでる」で、正直言って本筋情報に欠ける。ただ様々な発言から洞察することは可能だ。まず官房長官・菅義偉が9日「4島の帰属問題を解決して平和条約を締結するという日本側の基本的立場に変わりはない」と述べている事からいえば、歯舞・色丹プラスアルファの国後・択捉分割論などは後退したのだろう。過去に浮上した北方四島の「面積等分論」などはなくなった。プーチン政権は平和条約の締結後に歯舞、色丹の2島を引き渡すとした日ソ共同宣言(1956年)を軸に問題を解決する立場を変えていない。こうした状況から隘路を見出せば、2島先行時間差返還構想が考えられる。元駐日大使アレクサンドル・パノフが7日付ロシア紙「コメルサント」や政府紙「イズベスチヤ」にこれを書いている。元大使は「コメルサント」には「日本側には、平和条約締結後にロシアが歯舞と色丹を引き渡し、残りの2島は30~50年など一定期間ロシアが管轄権を維持するという案がある」と書いた。「イズベスチア」では日本の主権を確認後、ロシアの施政権を数十年間認める橋本龍太郎による「川奈提案」に言及し「多くの人々は、安倍首相はソチで古くて新しいこの提案を示すと考えている」などと語っている。言ってみれば、沖縄の施政権返還に似た対応だ。2紙に明らかにしているのだから、よほど自信があるのだろう。ロシア側政権幹部からのリークの指示があったのではないかとさえ思える。これからみれば、かつて「領土問題の解決に最も近づいた」と言われた橋本がエリツインに示した川奈提案に近いものと思われる。しかしその後ロシアはこれを拒否しており、安倍がどのようなバリエーションを考えたのか、また全く別の提案なのかは、まだ分からない。
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