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2016-06-21 00:00
(連載1)EU離脱はグレート・ブリテンをリトル・イングランドにしかねない
河村 洋
外交評論家
歴史的に見てイギリスはヨーロッパに対して懐疑的であるが、かつてはそれは、アングロ・サクソン例外主義と大英帝国の伝統に基づいたものであった。戦後になってイギリスの外交政策は3つの円、すなわちアメリカ、ヨーロッパそして英連邦の3つの世界との関係が基本となった。過去の欧州懐疑派は英米特別関係と大英帝国以来の英連邦との関係を重視していた。しかし今日のEU離脱派には、そうしたグランド・ストラテジー的な視点はほとんどない。彼らはただ、大陸からの移民の流入とボーダーレス経済の影響を恐れている。そうした内向き志向は、ヨーロッパでの「ドイツの支配」に断固として立ち上がった故マーガレット・サッチャー首相の態度とは到底相容れない。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は5月18日のオーストラリアABCテレビとのインタビューで、「トランプ現象も、イギリスのEU離脱も、2008年金融危機を契機としたグローバル化に対するポピュリストの反動だ」と語っている。
確かにイギリスはコモン・ローの国で、ローマ法の大陸諸国とは一線を画している。しかし歴史的に見てイギリスがヨーロッパから孤立していたわけではなく、ビクトリア朝時代の「光栄ある孤立」などは完全に神話である。ビクトリア女王は自らの子や孫の婚姻を通じてヨーロッパの君主や貴族との家族的血縁ネットワークを構築した。その中でも有名な人物と言えば、ドイツ皇帝カイゼルことウィルヘルム2世とロシアのアレクサンドラ皇后である。こうした血縁関係は東アフリカにおける英独植民地獲得競争の平和的解決に大いに役立ち、1886年にビクトリア女王がキリマンジャロ山をカイゼルに譲りながら、ケニア山の方はイギリスの主権下に置かれることとなった。グローバル化が進んだ現在では、外部世界の国々に対してヨーロッパの橋頭保を確保するという意味で、イギリスの役割は大きくなっている。
EU離脱の悪影響は経済から安全保障にまで及ぶ。経済的損失についてはあまりに多く述べられている。JPモルガン銀行によれば、イギリスのGDPは2030年までに本来よりも6.2%低くなってしまう。また消費意欲も鈍ってしまう。イングランド銀行は「国民投票がもたらす不確実性によって企業の活動も鈍る」としている。しかしイギリス経済により根本的で永続的な損失となるのは、科学研究費の大幅な削減であろう。イギリスはドイツに次いでEUの科学予算を2番目に多く受け取り、それは自国の研究支出の4分の1に当たる。中国、インド、ブラジル、ナイジェリア、インドネシアといった巨大な人口を抱える新興国の台頭もあり、科学分野での優位性はイギリスがグローバル市場での競争に勝ち抜くために必要不可欠である。EU離脱によって、将来のためのイギリスの経済的基盤は揺るぎかねない。
安全保障でのEU離脱の影響も侮れない。イギリスはNATOが要求するGDP2%の国防費を支出する唯一のヨーロッパ主要国である。また、ドイツの積極的な軍事的役割はその基本法によって制限されている。よってヨーロッパの自衛能力は、イギリスのEU離脱によって低下しかねない。そして問題となるのは火力だけではない。諜報活動はもっと重要になってくる。イギリスはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといったアングロ・サクソン諸国で構成されるファイブ・アイズと情報を共有している。大陸諸国はこのグループに入っていないが、イギリスがEUに留まる限りは、こうした国々にも情報分析を提供できる。(つづく)
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