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2016-08-03 00:00
トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ致命的な意味合い
河村 洋
外交評論家
アメリカの国家安全保障関係者達は、ドナルド・トランプ氏がロシアにヒラリー・クリントン陣営へのハッキングを促して物議を醸したことに関して、国家に対する犯罪的な裏切り行為だとして激しく非難した。トランプ氏の支持者達は彼の発言を「ただの冗談だ」と弁護しているが、実際には彼の発言は共和党の指名受諾演説での「アメリカ・ファースト」発言によって「本気だ」と確定されたことを忘れてはならない。しかもそれは党の価値観とは全く相容れないものである。外国政府、それも戦略的に競合関係にある国に対して、自国の政治家へのスパイ行為を促すなどあきれ果てたものだ。レオン・パネッタ元CIA長官は7月27日のCNNとのインタビューで「ロシアにアメリカ政治への介入を求めるようでは、トランプ氏の国家への忠誠心に疑問を抱かざるを得ない」と言明している。民主党のハリー・リード上院議員にいたっては「CIAがトランプ氏に情報ブリーフィングをする際には偽の情報を伝えるべきだ」とまで主張する有り様である。さらに深刻なことに、ジョン・ハトソン退役海軍少将は安全保障関連法の専門家としての立場から「ロシアにアメリカへのハッキングを要請したトランプ氏の行為には犯罪的な意図が見られる」と論評している。
実際にはロシアは必ずしもトランプ氏の当選を支援したいわけではない。重要な点はクレムリンがアメリカをできるだけ分裂させ、世界の中でのアメリカの指導力発揮に制約をかけようとしていることである。トランプ氏はロシアによるクリミア併合を認めて経済制裁を解除すると発言するほどの親露ぶりである。実際にトランプ氏はミット・ロムニー氏が「ロシアこそ最大の敵対勢力だ」と2012年の大統領選挙で警告したことを一顧だにしていない。問題は国家安全保障に関するトランプ氏の問題意識の欠落どころではない。アメリカの安全保障に甚大な悪影響を与えかねないのは、トランプ陣営とロシアの関係である。
トランプ氏の外交政策顧問となっているジョージ・パパンドプロス氏とカーター・ペイジ氏はロシアのエネルギー産業と深く関わっている。ガスプロムとの関係が深いペイジ氏はアメリカによる民主化促進を批判し、「ロシアはウクライナに侵攻しない」と断言した。またトランプ氏お気に入りのマイケル・フリン退役陸軍中将は『ロシア・トゥデー』TV局のレギュラー解説員を務めている。彼らがこうしたクレムリンの意向を受けた企業と緊密な関係にあることから、マックス・ブート氏は『ロサンゼルス・タイムズ』紙7月25日付けの論説に「トランプ氏の選挙スローガンを『ロシアを再び偉大にする』に変えた方が良いのではないか」とまで記している。
さらに言えば、トランプ氏自身がロシアに何らかの資産運用上の権益があるのではないかと疑惑をもたれている。トランプ氏はロシア人株式ブローカーのドミトリー・リボロフレフ氏にフロリダの邸宅を特別価格で売り渡している。精神的な面ではトランプ氏とロシアのオリガルヒは大いに共通している。両者とも自信過剰で、富と豪奢とセックスという享楽的な欲望を追い求めている。トランプ氏がロシアと深い関係になったことは何ら不思議ではない。トランプ氏が納税申告を公表していないことで、国民からは彼とロシアとの不透明な関係への疑惑が深まっている。
トランプ氏の親露発言の問題はもっと深刻である。あきれ果てたことに、トランプ氏は共和党の党綱領にあるウクライナへの武器供与という条項について、「自分が草案に関わっていなかった」という理由から削除の意向だと言い放った。さらに「NATOの相互防衛義務などはアメリカにとって一方的な負担だ」とまで言い放ち、ヨーロッパ諸国がその第5条に基づいてアフガニスタンでの戦争に参加したことなど、この人物の眼中にはない。この人物の言動は明らかにルールに従わないものである。トランプ氏の陣営には外交政策の専門家として高い評価を得ている人物が全く入ろうとしないのも当然である。ドナルド・トランプ氏が当選するようなら、アメリカの外交は完全に破綻してしまうだろう。トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ意味合いは致命的に深刻である。
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