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2016-09-16 00:00
アメリカがアジアを失う日
鍋嶋 敬三
評論家
東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の議長声明(9月7日)は南シナ海における中国の主権主張を全面的に否定したハーグの常設仲裁裁判所の決定(7月12日)に触れなかった。米国の呼びかけにも応じない東南アジア諸国への中国の影響力の拡大を見せつけたものだ。フィリピンのドゥテルテ大統領の登場は地域の地政学に少なからぬ影響を与え始めた。オバマ米大統領に対する侮辱発言(SOB)、米比首脳会談の中止、南シナ海での米比共同哨戒への不参加は米国にとって大きな打撃だ。情勢は米国に不利に、中国に有利に傾きつつある。
オバマ大統領はG20首脳会議の際の米中首脳会談を前に演説、米中関係の基本姿勢を明確にした。オバマ氏は「新型の米中関係」に言及したが、これは「新型の大国関係」という習国家主席のレトリックをそのまま受け入れたものだ。さらにサイバー攻撃、人権、海洋など米中の利害が異なり対立する分野でも「二国間関係を危険にさらさない」やり方で対処する方針を明確にしたのである。南シナ海での中国の一方的な拡張政策と軍事化が米中関係を破壊するものであり、認められないという強硬策は採らないことをはっきり示したのだ。軍部の強い進言にもかかわらず米軍による航行、飛行の自由作戦も2、3回の形ばかりで終わっているのが何よりの証拠である。
オバマ政権が最も重視した「アジア・リバランス(再均衡)」政策はすっかり色あせてしまった。北朝鮮は核・ミサイル開発を米国の予想を上回るスピードで進めてきた。核弾頭の小型化、移動式あるいは潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)など多様化、長距離化した兵器で韓国、日本、米国を攻撃する実戦配備が可能になった。石炭、石油などの戦略物資の禁輸を盛り込んだ国連の制裁決議も中国の手抜きで実効性が確保できない。中国やロシアを後ろ盾とする北朝鮮を抑えることができないという手詰まり感が米国を覆っている。朝鮮半島の核危機の際、韓国防衛に米国がたじろぐことがあれば「米韓同盟は破滅する」と識者は警告する。
アメリカが「アジアを失う日」はいつか?日本を含むアジアの安全保障問題の専門家であるマイケル・オースリン氏(AEI研究所)は2013年11月23日、中国が東シナ海で独自の防空識別圏(ADIZ)を設定した翌日、中国機がパトロールした日を「アメリカがアジアを失った日」と名付けた。米国の同盟国である日本や韓国のADIZに一部重なるように設置した中国の戦略的意図がうかがえる。同氏は「米国が有効な対応を欠いたため、中国は東アジアで国際安全保障のルールを変え始めるのに成功した」と見る。
これは東南アジアについても言えることだ。中国高官は「ハーグの決定」の翌日には南シナ海全域にADIZ設定の権利があると宣言している。ホワイトハウスが軍事力を誇示して中国を抑止することをためらうなら「中国はアジアのバランス・オブ・パワーの認識を変えることに勝利するだろう」とオースリン氏は警鐘を鳴らしており、米国の対中政策の転換を迫る論調が強まっている。1949年、中華人民共和国が成立、共産党に追われた国民党政権が台湾に落ちのびた時、米国では「誰が中国を失ったか?」の激しい不毛な論争が起こった。70年後、アジア全域を舞台にした論争が再現することほど不幸なことはない。
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