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2016-09-27 00:00
日露平和条約、求められる国民の合意形成
松井 啓
元大使、ワールドウオッチャー
12月15日にはプーチン大統領の訪日が予定されている。第二次世界大戦が終焉してから71年が経過し、日ソ共同宣言調印から60年がたったのに、いまだに両国間に平和条約が締結されていないのは「異常な事態」であるが、逆に言えば、平和条約無しでも両国間に大きな支障がなかったということであろう。日本の地政学的位置は米中露3大強国と北朝鮮というブラックボックスの狭間にあり、外交的マニューバーの余地は大きい。平和条約締結には長期的観点からの国益を見据えた判断が必要である。
まず日露交流史を概観すれば、古くは大黒屋光太夫に象徴されるような漂流民の交流から始まり、文学、音楽や、オペラ・バレー等の舞台芸術、そして絵画・彫刻等の文化交流がある。次に外交関係の節目は、1855年2月7日の日露和親条約(両国の国境を得撫島と択捉島の間とする)、1904年日本の旅順に対する奇襲攻撃により開戦した日露戦争、1918年~22年の日本シベリア出兵、1925年の日ソ基本条約(日本が共産主義政権のソ連を承認、国交回復)、1931年の満州国設立、1941年4月13日の日ソ中立条約、1945年8月8日のソ連対日参戦、1945年8月14日の日本の対連合軍降伏、同年9月2日のサンフランシスコ平和条約であろう。北方領土に関しては、日本はサンフランシスコ条約で千島列島を放棄し(ソ連は未署名。ソ連は日本降伏後も千島列島へ進軍し、北方領土を次々に占拠し、9月5日に至り停戦した)、日ソ両国は1956年の日ソ共同宣言により関係を正常化した。同宣言第9条には、ソ連は平和条約が締結された後に「歯舞群島及び色丹島を日本国に引渡す」と明記されている(返還という単語ではなく、また国後と択捉への言及はない)。
戦後の両国間貿易は、日ソ共同宣言後の租税条約と貿易支払い協定の調印により伸びた。漁業関係はサケ・マス漁業が領海・資源保護の観点から最も大きな課題であったが、度重なる交渉により安定化し、更にシベリア、極東開発は日ソ経済委員会の設立により、主にコスイギン時代に極東森林資源開発、ウランゲル(ヴォストーチヌイ)港湾建設、ヤクーチャ天然ガス探鉱開発、南ヤクート炭開発、サハリン大陸棚石油ガス開発等の大型経済協力事業が進められた。リスクに見合う利益の見込みがなければ動かないが、儲かるとなれば大挙して進出するのが日本ビジネスの特徴である。安倍首相はプーチン大統領に対して8項目の経済協力案を提示した。政府のお声がかりでビジネス環境を整えても、中国や韓国からつまみ食いされたり、最終段階でちゃぶ台返しや食い逃げの恐れがあれば、民間企業は踏み出さないだろう。日本に対する優遇措置の確保と信頼関係の構築が不可欠である。
では戦後に区切りをつけるということ以外に、この時期に平和条約を締結する意味は何であろうか。年末にかけロシア経済は底を打ち、投資の機会は増えると見込まれている。9月18日の下院選挙ではプーチン政権党は盤石の強みを見せ、2024年までの大統領の座は確実視されている。安倍政権も今のところ長期安定している一方、明年は米、独、仏ともにトップが交代時期である。国際環境を見ても日本が動く好機である。アメリカも西欧諸国も日本とロシアが平和条約を締結することに異を唱えることはできないだろう。戦後の平和条約締結交渉の過程で、島の引き渡しのあり方(時期、島民の国籍、財産、ロシア軍基地等のあり方)や経済協力についても様々な提案がなされてきた。最終的には安倍・プーチン両首脳の信頼関係と政治的決断によるしかないが、そこに至るまでに、長期的国益の観点からの国民の合意形成が必要であり、北海道や旧島民の意見も徴し、党利党略、極端なナショナリズムを抑え、冷静な交渉が進められるよう望みたい。マスコミの役割も大きい。
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