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2016-11-30 00:00
トランプ・ショックを契機とした日本自主防衛論に疑問
河村 洋
外交評論家
先のアメリカ大統領選挙においてドナルド・トランプ氏は、全世界での同盟ネットワークの破棄を口にしたばかりか、日本、韓国、サウジアラビアといった同盟諸国に自前の核武装さえ要求して世界を震撼させた。アメリカの一方的な覇権破棄による「新世界無秩序の到来」が恐れられるようになっている。これに応えて、日本とヨーロッパの一部では「自主的な外交および国防政策を模索する機会だ」との声も挙がっている。日本のナショナリスト達の間では、在日米軍の撤退によって「戦後の政治的な対米従属を脱却する絶好の機会が到来した」との歓喜の声が挙がっている。問題は、ヨーロッパとは違いアジアが文化的にも、歴史的にも、政治経済的な発展度合でも、あまりに多様なため、多国間地域安全保障機関が形成されていないことである。日本は韓国や台湾といった安全保障での提携の可能性のある国々とも領土上の見解不一致を抱えている。日本がいわゆる自主安全保障政策を執れば、防衛費を大幅に増額しても、結果が出るまでには長い時間がかかる。兵器は注文生産であり、支払いがなされたからと言って、すぐに顧客の許に届くわけではない。また、兵器を使いこなすには訓練も必要である。
問題は、尖閣諸島を中国から防衛することだけではない。自主独立の日本がたとえ中国からどうにか自国の領土を守り切ったとしても、アジア諸国は中国の脅威に対して立場が一致しているわけではない。カンボジア、ラオス、ミャンマーのように親中の国もある。親欧米かつ親日と思われる国々でさえ、中国に対して宥和政策をとることがある。小国にとっては崇高な理念を掲げるよりも、大国の競合の間で自国の生存を守る方がずっと重要だからである。ナショナリスト達が夢見るような日本主導の大東亜共栄圏の復活などは、ただ馬鹿げていて危険である。トランプ氏は孤立主義の選挙公約を掲げたが、歴史的に見てアジアは1890年のフロンティア消滅以前からアメリカの影響圏である。マシュー・ペリーの艦隊が1853年と1854年に日本に派遣されたのは、それだけの理由があったからなのである。それは中東でのアメリカの関与が大英帝国から引き継がれたこととは著しい対照をなす。
どう考えてもトランプ・ショックは、日本が「従属的」な対米関係を終焉させ、「自主独立で誇り高い外交」政策を採用する好機となるものではない。それなら、我々はこの危機にどう対処すべきだろうか?何よりもトランプ氏の基本的思考パターンを理解しなければならない。コロンビア大学のジェラルド・カーティス名誉教授によれば、「トランプ氏が取引決着にこだわるのは、始めに最大限の要求を突き付けて相手との妥協点を探ってゆくという不動産ディベロッパーの交渉技術に由来している」という。カーティス氏は「議会、メディア、シンクタンク、そして国務省および国防総省の官僚機構を通じた権力分立によって、日米同盟の破棄などは認められない」と論じている。また「誰が大統領であっても、基本的な国益は不変である」とも主張している。
我々は、価値観を共有する西側民主国家と手を携え、ワシントンのエリート達と共通の解決手段を模索しなければならない。幸いにも先の選挙でトランプ氏を支持した低学歴層は、このレベルでの政策のやり取りにはほとんど影響を及ぼすことができない。また政治家としては完全な初心者であるトランプ氏は、自らの問題解決能力のなさを突き付けられた時には、著名な専門家の助力を仰ぐしかない。従来とはかなり変わった大統領を完全に制御することはできないが、我々としてはあらゆる手段を模索しなくてはならない。
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