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2016-12-12 00:00
欧州同盟諸国の対トランプ政策
河村 洋
外交評論家
トランプ・ショックは国際安全保障に多大な悪影響を及ぼしつつあるが、それはドナルド・トランプ氏が「アメリカ第一主義」を掲げて、同盟ネットワークの破棄さえ示唆し、海外防衛の出費を削減すると息巻いているからである。さらに、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛し、クリミアとシリアでロシアに譲歩しようとさえしている。そのため、ヨーロッパ諸国は「共同の地域防衛」を真剣に考慮し、ロシアの脅威が増す中でトランプ体制下のアメリカが孤立主義に陥った場合に備えようとしている。
トランプ氏の外交政策で最も危機的な部分は、損益に対する過剰な固執である。アメリカの国防費がNATO全体の70%と突出していることには、誰も異論がない。冷戦期よりアメリカの大統領および大統領候補は、誰であれ、ヨーロッパ同盟諸国にバードン・シェアリングを要求している。しかし、NATOによってヨーロッパの安全保障を維持することがアメリの死活的な国益であることに疑問を呈した者は、ほとんどいない。しかし、トランプ氏はこうした考え方を一蹴し、アメリカの国力が世界の公共財だとは夢にも思っていない。国際政治に関する彼の極端なゼロサム思考を考慮すれば、ヨーロッパは国防費を増額するとともに、アメリカがアフガニスタン、イラク、バルカン半島で行なった戦争に自分達がどれほど貢献してきたのか、を相手にわからせる必要がある。さもなければ、トランプ氏はロシアやイランとの関係に関する問題で、ヨーロッパ同盟諸国との協調を無視し、彼自身が感じ取れる範囲内でのアメリカの利益を追求するだけになるだろう。
11月30日にベルリンで開催されたNATOの軍事関係者の会議では、ヨーロッパ同盟諸国は自分達の国防費増額が必要だという結論に至った。この目的のためにEUは共同の基金を設立し、特に研究と技術革新を推し進めてゆく計画を表明した。それによって新規開発の航空機の単価を引き下げるとともに、域内の軍事産業への支援を行なってゆくことになる。ブレグジットという問題はあるが、イギリスはEUと共同での兵器の研究と調達を検討している。イギリスはヨーロッパ有数の軍事大国なので、これは各国の協調による取り組みの強化には重要である。欧州懐疑派と見なされがちなイギリスが、トーネードやユーロファイター・タイフーンといった大型の共同兵器開発を主導してきたのに対し、より欧州統合派と見なされてきたフランスはどちらの計画にも参加していない。こうした観点から、域内での共同防衛計画にはイギリスとドイツの協調が鍵となるだろう。イギリスがEUの防衛に関与すれば、日本、オーストラリア、インドといったヨーロッパ圏外の民主国家も、それに何らかの寄与をしやすくなる。
またヨーロッパは、トランプ氏や国家安全保障担当大統領補佐官に指名されたマイケル・フリン氏と、親露的な世界観を共有していないことも銘記すべきであろう。アメリカの軍首脳部はプーチン政権の攻勢に危機感を強め、ロシアを最も重大な脅威と見なしているが、そうした中でヨーロッパは、ロシアがトランプ氏の就任前にウクライナとシリアで大胆な行動に出るのではないかと懸念している。またブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は12月6日の上院軍事委員会で「ロシアは極右への支援やシリアからヨーロッパへの難民流出の画策によって西側の政治的伝統への自信に揺さぶりをかけている」と証言した。
上記に述べたように、アメリカの外交および国防政策の関係者の間ではトランプ的な世界観は共有されていない。政権移行チームでは軍人出身者が何人か指名されてはいるが、経歴だけで十把一絡げに論ずるのは単純すぎる。特にフリン氏は陸軍で現役の頃から軍事および諜報の関係者の間では異端児であった。これは次期大統領の外交政策の陣容が奇妙きわまりないものであることを示す一例である。トランプ氏には外交哲学もなければ、信頼性のある政策顧問が充分に揃っているわけでもない。大統領職を真面目に務めあげる気があるなら、最終的には国家安全保障の主流派に頼らざるを得なくなるだろう。ヨーロッパはアメリカの外交政策を担う民主・共和両党の主流派とともに行動できる。他の地域のアメリカの同盟諸国も、トランプ・ショックに対処するうえでは、ヨーロッパ諸国と共通の国益を有している。1月20日の大統領就任式以後は全ての見通しが陰鬱ではあるが、何とかしてこの危機に対処する方法を見つけ出さなければならない。
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