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2017-03-02 00:00
グローバリズムの否定で「強い米国」は無理
杉浦 正章
政治評論家
議会のしっぺ返しがブーメランとなって帰ってくることを予感させるトランプの施政方針演説であった。CNNの調査では米国民は8割が好感を持って迎えたが、感情に訴える“演出”に惑わされたに違いない。総じて米国民は人がよい。トランプ演説の内容を精査すればするほど、アンチ・グローバリズムの保護主義と唯我独尊が目立ち、実施に移せば短期では“目くらまし”できても、長期的には米国のみならず世界の経済秩序に大きな影響を及ばさざるを得まい。1兆ドルの公共投資と法人税の大減税は、民主党が伝統的に主張する大きな政府と、共和党の小さな政府がトランプ演説の中で相反して存在する矛盾を露呈している。おまけに財源は見えず、予算が組めるのかという疑問すら抱かせる。議会がこれに目を付けないわけがなく、予算案をめぐりトランプは対議会交渉で厳しい局面に立たされるだろう。
対日関係については、かつて中国、メキシコと同列においた貿易批判は影を潜めた。逆に「最も緊密な同盟国の中にも、数十年前には、世界大戦で敵と味方に分かれて戦った相手がいる。こうした歴史は、世界がよりよい場所になる可能性があると信じる根拠を与えてくれる」と、日米蜜月を強調している。首相・安倍晋三のトランプへの“先物買い”が効を奏したことになる。しかし一方で名指しは避けたものの「われわれのパートナーは、財政面での義務も負わなくてはならない。われわれは、NATO、中東、太平洋の地域を問わず、パートナーに対して、戦略、そして軍事の両面において、直接的で意味のある役割を担い、公平に負担するよう求める」と言明した。これはNATOに対してGDP比2%への軍事費増額を求めたのと同様に、日本にも将来求めてくる可能性を示唆している。日本は名指しされなかったが、中国は「中国が2001年にWTOに加盟してから、米国では6万もの工場がなくなった。去年の米国の貿易赤字は8000億ドル近くに達した。」と名指しで批判されている。
冒頭指摘したように矛盾の最たるものは経済政策だ。「インフラ整備に1兆ドルを投資する法案の承認を要請する。官民の資本から拠出され、数百万の雇用を生み出す」と言明したことに加えて、減税政策に言及したが、財源をどうするかの疑問に答えていない。トランプは「法人税減税のための歴史的な税制改革を策定中だ。企業がどこでも、どんな相手とでも競争し、成功を収めることができるようにする。同時に、中間層に対しても大規模な減税を実施する」と言明した。今回は数字を述べなかったが、ロイターとのインタビューでは「法人税を現在の35%から15~20%さげる」と表明している。「海外にモノを売って得た収益の課税を免除する」とも明言している。さらにに加えて国防費についても「私は議会に、軍を再建し、国防費の削減をやめ、アメリカ史上最大の規模となる国防費を増額する予算を要請する」と述べた。その規模については、事前に「「10%540億ドル(約6兆円)」と述べている。いったいこれだけの大盤振る舞いを何でまかなおうとしているのだろうか。国務省予算や環境予算や海外援助の削減だろうか。また国境税だろうか。このうち国境税については、輸入税を増加させて、輸出税を減少させることを考えており、10年間で1兆数千億ドルの増収になるとされる。これは航空機産業など輸出に依存する大企業にはプラスに作用するが、輸入で生きている企業はどうなるかということだ。
当然物価は高騰して消費は減少する。金利は上昇して住宅ローンは組めなくなる。ホワイトハウスと常に共同歩調を取ってきた連邦準備制度理事会(FRB)議長のジャネット・イエレンが「財政収支が持続可能であることを望む」と悲鳴を上げたのも、無理からぬところである。このトランプによるグローバリズムの否定は、長期的には保護主義そのものであり、世界貿易機関(WTO)の基本理念に背くばかりではなく、米国自身の景気悪化を招くブーメランとなることは自明の理である。また本人が唱える「強いアメリカ」への道筋を迷路にしてしまいかねない。演説でトランプは失業者の増加に度々言及し、「南部の国境沿いに巨大な壁の建設をまもなく始める」と述べたが、失業者など現在の米国には存在しないに等しい。失業率4.7%の数字は、紛れもなく米国では、希望するものが職を得られる完全雇用を意味している。トランプが何度も主張することで、ちまたに失業者があふれているような印象を受けるが、これはトランプが選挙戦のために作った幻影にすぎない。要するに、演説は選挙演説と同様に、はったりと、独断と、矛盾に満ちたものであるのだ。オバマケアを真っ向から否定しても、それに代わる医療保険制度は提示できないままである。無責任と言わざるを得まい。
演説中は共和党席が拍手とスタンディングオベーションを繰り返したが、民主党席はしらけて座ったままで、好対照であった。「よく言うよ」と思ったのは、トランプが「不和と分断のくさびを打ち込むのではなく、協力と信頼の橋をかけなければならない」と分断に言及した点である。さらにトランプは「われわれが政策において分断された国であるかもしれない一方で、あらゆる形の憎悪や悪意を非難することにおいては一致団結する国であることを改めて思い出させる」とも述べた。これは自らが国の分断を招き、主要都市では反トランプデモがとどまることなく続き、メディアの“総スカン”を食らっていることを無視する唯我独尊にほかならない。大体トランプは議会演説の際、右側の民主党席は見ず、拍手をする左側の共和党ばかりを見て演説を続けたが、これこそ分断の象徴でなくて何であろうか。トランプに対して野党・民主党を代表してスティーブ・ベシアが全米に向けてテレビ演説して、「大統領が自分の思いどおりにならないからといって、司法やメディア、それに情報機関や一市民を攻撃することは、われわれの民主主義を破壊しているようなものだ」と痛烈に批判した。「トランプ氏はみずからの言動で国の分断を深めている」と指摘したのは、もっともだ。今後来年11月の中間選挙に向けて、対立色を強めることは確実だ。共和党の拍手とスタンディン・グオベーションには“ご祝儀”的な側面もあり、トランプの議会対策は極めて難航するだろう。
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