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2017-05-21 00:00
(連載1)トランプはオバマより決然としているか?
河村 洋
外交評論家
ドナルド・トランプ大統領がシリアのアサド政権による化学兵器の使用を受けて突然の攻撃に踏み切ったことが国際世論を驚愕させたのは、彼がシリアへの介入には消極的だったからである。さらに驚くべきことに、トランプ氏はシリアで化学兵器攻撃を受けた被害者に同情の意を示す人道主義に満ちた演説を行なって、自らが発したイスラム教徒入国禁止の大統領令が連邦裁判所に差し止められたことを忘れさせるかのようであった。これは弾道ミサイル実験を繰り返して核不拡散秩序への反抗の意を示す北朝鮮に対する強い警告だと見られている。しかし、トランプ氏が悪名高きアメリカ第一主義を捨て去りつつあると考えることは不適切である。また、トランプ氏が戦略的忍耐を標榜したオバマ氏より頼りになる、という見方は完全に間違っている。トランプ氏は迅速で強固な対応に出たかも知れないが、シリアにせよ北朝鮮にせよ危機に対処するだけの明確な戦略があるわけではない。またロシアや中国を相手にどのように取引をするのかについても、明確なビジョンがあるわけではない。いずれにせよシリアと北朝鮮での現在の危機はトランプ外交に対する重要な試金石となる。
まずシリアについて述べたい。トランプ大統領がアサド政権に対するミサイル攻撃に出た直後には、アメリカの外交政策が世界との関わりを断つかのような孤立主義から通常のあるべき姿に戻ったようにさえ見えた。2013年にシリアが化学兵器使用というレッドラインを超えた際に、オバマ前大統領がアサド政権に何の懲罰も科せなかったことで、シリア内戦でのアメリカの影響力は低下した一方で、ロシアとイランの存在が大きくなった。よってロバート・ケーガン氏は『ワシントン・ポスト』紙4月7日付けの論説で「トランプ政権にはさらに踏み込んで、反アサド勢力への支援に乗り出して、究極的にはシリアからの難民流出を防止すべきだ」と訴えている。しかしトランプ氏はISIS打倒のためにはアサド政権とロシアを受容するという戦略を変えていない。
地政学的にシリアは中東北辺諸国と隣り合わせであるが、その地では19世紀には英露が、冷戦期には米ソがせめぎ合った。現在、ウラジーミル・プーチン大統領はロシアの影響力をトルコからイラン、アフガニスタンに及ぶこの地域に拡大しようという帝政時代以来の野望を追求している。ロシアはS400ミサイルをトルコに輸出してNATOの防空システムを空洞化しようとしている。また、ロシアはアフガニスタンでのタリバンの抵抗を支援している。そうした事態にもかかわらず、トランプ氏のミサイル攻撃によって、彼のシリア政策および北辺地域政策がコペルニクス的転換をするというわけではない。南北戦争に関する失言にも見られるように、トランプ氏は歴史的教養が恐ろしく欠いているので、中東における英米の覇権の最前線にロシア勢力が浸透してくることの意味合いを殆ど理解できていない。あのミサイル攻撃はシリアでアメリカのコントロールを強化するよりも、北朝鮮へのデモンストレーションの意味合いが強い。さら4月には突然のMOAB使用でアフガニスタン国民の怒りを買い、まるで自分達が北朝鮮攻撃の実験台にされたと非難される始末である。いずれにせよ、トランプ氏の中東政策がオバマ氏のそれよりも決然としているわけではない。
次に、北朝鮮について述べたい。一見、トランプ氏は北朝鮮の核兵器および弾道ミサイル技術の発展に歯止めをかけられなかったオバマ政権の「戦略的忍耐」から転換を図っているように見える。しかし、実際にはトランプ政権は中国に事態の解決を委ねようとしている有様である。しかし中国は現状維持を望むだけで、長期の制裁を科すことには消極的である。さらに問題なことに、朝鮮半島の安全保障に関するトランプ氏の理解力には著しく問題がある。特に歴史問題について「朝鮮は中国の一部であった」として、韓国を憤慨させている。ここでも、トランプ氏は東アジアの歴史に関する微妙な問題を理解していないばかりか、さらに驚くべきことに、外国の歴史や文化に関する自らの無知と鈍感を恥ずべきことだとも何とも思っていないのである。さらに問題なことに、トランプ氏はTHAAD配備と貿易の問題で韓国に対して非常に高圧的な態度をとったので、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官とエド・ロイス下院議員は「同盟国との言い争いよりも北朝鮮への制裁強化に集中すべきだ」と進言したほどである。そうした中で日本はトランプ政権とそうした争いに陥ることは何とか回避し、選挙中に日米両国の専門家から怒りを買った「ゆすり」があったとは思えぬほどには収まっている。
にもかかわらず、トランプ氏のこれ見よがしな言動とは裏腹に、北朝鮮対策については特に目新しいものはない。アメリカは彼らの核廃棄を待ちながら、中国には圧力強化を要請するということだ。それはオバマ前大統領の「戦略的忍耐」とほとんど同じである。実際に北朝鮮との戦争が破滅的な結果をもたらすことは明らかなので、誰が大統領になっても、アメリカには多くの選択肢は残されていない。このような状況では韓国と歴史やTHAAD配備費用をめぐって対立することなどは、望ましくない。それでは韓国が対米同盟よりも北朝鮮の核戦力強化への宥和に走りかねないからだ。(つづく)
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