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2017-10-18 00:00
憲法改正についての一考察
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
私は、現行憲法が軍隊を持つことを禁止していない、と考えている。と同時に、3項追加改憲案に賛成である。その理由は、憲法解釈が定まらない不利益が大きいので、解釈を確定させるための措置をとることが、適切だと思うからである。日本人は、過去数十年にわたって、憲法9条に信じられない規模の労力を注ぎ込んできた。国民投票をしてでも、解釈を確定させることは合理的だと思う。自衛隊合憲論でありながら3項追加を支持する私の立場については、否定的な意見もある。もし憲法学者の方々が、「篠田の憲法解釈でよい」と学会決議でもなされれば、私は改憲不要論に転ずる。しかし、そのようなことが起こる可能性はないであろう。日本の憲法学者が、70年余にわたって培ってきたプライドと社会的地位を投げ捨てて、私の主張を認めるはずがない。したがって私には、解釈を確定させるための3項追加案を支持するしかない。日本社会の圧倒的多数の人々は、3項追加なりの措置による解釈の確定を支持するしかないであろう。
この点に関しては、世論でも賛成が多めに出ているようである。そこで、今回の衆議院選挙でも、少し踏み込んだ議論がなされている。さる10月11日に開催された党首討論において、希望の党の小池百合子代表が、自衛隊だけを憲法で明文化することは、防衛省背広組による文民統制の点で疑義がある、と発言したという。私自身は、文民統制の本質は内局支配だとは考えないので、小池代表の言い方には、すっきりしないものを感じた。諸国の憲法においても、文民統制とは、最高司令官が大統領であることを定めることなどによって、成立している。背広組による制服組の統制は、文民統制のことではない。そのうえでなお、私は、憲法典に「自衛隊」という語を入れる措置を、名案とは考えない。というのは、憲法典で明記されているのは、国会、内閣、裁判所、といった国家中枢レベルの機関名なので、自衛隊という一組織の固有名詞の名称を憲法典に書きこむのは、奇妙だからである。9条の主語が「国民」になっているため、文言上、自衛隊は国民直轄の特別組織になり、たとえば自衛隊の組織改編が国民主権の問題になってしまうのも、厄介である。ちなみに自民党の憲法改正草案では、「国防軍」が樹立されることになっていた。これは「自衛隊」から名称変更されるものであったらしい。しかし、維持するものが自衛隊と同じなら、名称は同じ「自衛隊」がいい。ただ、その「自衛隊」が「軍隊」であることを明記することが重要であろう。
憲法は自衛権行使手段として用意される「軍隊」の保持を禁止していない、という解釈を確定させることが重要である。それは名称を変えることではない。諸国の憲法でも、憲法典では一般概念としての「軍」の存在を規定しながら、実際の軍隊の固有名詞は別途定めることがある。合衆国憲法で記載されている「army」と「navy」は軍一般を指す概念として解釈されるので、空軍や海兵隊が憲法典に登場しないことは問題にならない。ドイツ基本法が定めるのは「軍隊(Streitkrafte)」で、実際の軍隊の名称である「連邦軍(Bundeswehr)」ではない。私は「前二項の規定は、本条の目的にそった軍隊を含む組織の活動を禁止しない」、という文言を提案している。つまり私は、自衛隊、という言葉よりも「軍隊」という言葉を、憲法典に明記したほうが意味が大きいと考えている。自衛隊という言葉を入れるだけだと、最悪の場合、「自衛隊は軍隊なのか?」という俗説的な問いが残されてしまう。そもそも通常法で発明された特定の組織名称を、憲法典が後追いで事後追認するのは、奇妙である。
より意味が大きいと思うのは、「軍隊」が合憲であることを、明白にすることである。そのうえで、「軍隊」としての自衛隊を通常法で規定すれば、「自衛隊は軍隊なのか?」という哲学的な問いに思い悩む必要がなくなる。実際の問題からしても、自衛隊の存在の合憲性をはっきりさせるだけでなく、自衛隊が「軍隊」として存在していることをはっきりさせたほうが、意味が大きい。軍としての規律が必要になる場合に、いちいち躊躇したり、ごまかしたりしなくて済むからだ。日本政府の見解でも、自衛隊は憲法上の「戦力」ではないが、国際法上の「軍隊」である。しかし、このことが国民に全く知られておらず、誤解にもとづいて「自衛隊って軍隊じゃないんですよね?」という俗論がまかり通ってしまっている。「自衛隊って軍隊じゃないんですよね?」が流通したまま、憲法に自衛隊という語を入れても、混乱が残るだけである。今こそ「前二項の規定は、本条の目的にそった軍隊を含む組織の活動を禁止しない」といった路線の3項追記を、検討すべきであろう。
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