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2017-11-10 00:00
米中首脳会談は7対3で習近平の勝ち
杉浦 正章
政治評論家
さすがにことわざの国中国だ。今度は荘子の朝三暮四でごまかした。中国、宋の狙公(そこう)が、猿にトチの実を、朝に三つ、暮れに四つやると言うと猿が少ないと怒ったため、朝に四つ、暮れに三つやると言うと、たいそう喜んだという寓話だ。トランプは「俺はゴリラだ」と怒るかも知れないが、似たようなものだ。トランプが中国の2500億ドル(28兆円)の「商談」に飛びついて、大喜びしているが、その実態は巨額の貿易赤字をベールで覆い、焦点の北朝鮮対策を現状のままにするという習近平の罠にトランプが見事にはまったということだ。商売人の大統領らしいその場しのぎの計算だが、「商談」の本質は一過性であり、本筋の年間2700億ドルに達しようとしている貿易赤字解消への効果は薄い。「商談」に目がくらんでトランプは自由主義陣営の基本戦略をなおざりにした。7対3でトランプの負けだ。この商談はまずマスコミを操作する事から始まった。同行記者らはAPも米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙も商談を90億ドル(1兆円)と報じていた。機中での米側のレクにミスリードされたのだ。米側も明らかにサプライズ効果を狙ったフシがある。さすがに気が引けたか米商務長官ロスは「もっと多くの合意があるかも」と増額の可能性を示唆していた。それが何と28倍の商談合意である。トランプはかねてから中国の赤字に対して「アメリカは中国に陵辱されている」「中国は史上最悪の泥棒だ」とまで言い切っていた。しかし会談後は自慢げに「今の貿易不均衡で中国に責任はない。不均衡の拡大を防げなかった過去の政権を責めるべきだ」と語り、何とオバマ前政権などに原因があるとの見方を示したのだ。定見のなさも極まれりというところだし、オバマは激怒し、米国内でも反発が生ずるだろう。
米マスコミの反応は驚くどころか冷静で厳しいものであった。WSJ紙は「米中企業が結んだ総額28兆円規模の契約も巨額の貿易赤字を解消する効果は薄い」「中国は貿易問題ではほとんど何もしていない」などと看破した。確かにそうだろう。2700億ドルの対中貿易赤字は構造的なものであり、毎年発生している。そこに場合によっては10年もかかるような商談を持ち込んでも、貿易バランスにとって効果は画期的なものにはなりようがない。WSJ紙は「米中大型商談の落とし穴、通商問題は先送り」と題する10日付の記事で「一見すると、米企業が勝利を収めたように見えるが、この巨額の数字には裏があった。その大半が完全な契約の形をとっていないのだ。 専門家からは、解決が難しい米中間の通商問題には何ら対処していないとの指摘が上がっている」として、合意項目の個別にわたって詳細な“フェーク合意”の中身を分析している。同紙も指摘しているが例えばボーイングの旅客機300機購入などは、15年にオバマが習近平と合意したもので、新しさなどはない。
中国は貿易赤字問題ではほとんど何もしない一方で、トランプを世界遺産の故宮でもてなすなどケバケバしい演出で目くらましを食らわし、貿易赤字問題を“封印”することに成功したのだ。習近平は商談成立以外は経済面で新たなカードを切ることもなく、譲歩も全くしなかった。習近平は相手のメンツを立てたふりをして、実利を取る戦略であり、トランプは敗退したのだ。習近平は記者会見で、「商人の道は善意なり」ということわざを引用して「両国の貿易関係は平等互恵に基づいて成功の物語が続く」と臆面もなく言ってのけた。これまで通りでやりますよということだ。それにしても「善意」などかけらもなく、冷徹なる計算があるだけだ。相手が商人ならそれなりに対応する術を身につけているということだ。かつて池田勇人をドゴールは「トランジスタの行商人」と名付けたが、日韓では武器購入を促し、中国では政治そっちのけで商売。まさにトランプは藤子不二雄ではないが「笑ゥせぇるすまん」だ。
一方政治面でも、敗北臭が漂う。ニューヨーク・タイムズ紙はコラムで「トランプ氏は20世紀後半以来の自由な国際秩序を習近平氏に明け渡すかのようだ」と警鐘を鳴らしている。確かに国際政治の側面はトランプが習近平の“毒まんじゅう商談”を食らって、忘れ去られた一帯一路構想を軸に東・南シナ海に進出し、南シナ海に大型浚渫船まで新たに建造して埋め立て工事を推進、戦略拠点としようとしている問題や、それを共産党大会で自慢げに披露する習近平に対して、トランプは発言らしい発言はしなかった。覇権的な行動をトランプは黙認したのかと思いたくなる。北朝鮮問題にしても、制裁に関しての新たな言質を習近平から取ることなく終わった。トランプは「アメリカは北朝鮮の完全かつ永続的な非核化に取り組む。文明社会は一致して北朝鮮の脅威に立ち向かわなければならない」と一応は軍事力行使も辞さない姿勢を示した。これに対して習近平は「両国は対話や交渉を通じて北朝鮮の核問題を解決するよう努める」と意に介さぬがごとくこれまで通りの主張を繰り返した。背景にはトランプがすごんでも軍事行動など出来ないという“読み”がある。非核化を目指すという総論では一致したが、トランプは「圧力強化というどう喝」、習近平は「話し合いという無為」という戦略を選んでいるのだ。北の政権を崩壊させて米国の力を中国国境まで至らしめないというしたたかな中国の戦略が歴然として存在する。手を叩いて喜んでいるのが金正恩だろう。米軍は11日からトランプの意を受けて空母3隻が日本海で大演習を行うが、大統領がこの体たらくでは、“すごみ”は利かない。北が一時的に核やミサイルの実験を控えるだけだろう。政治外交に素人の大統領を選んでしまった米国民にツケがまわったのだ。
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