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2018-03-09 00:00
(連載2)地政学的観点からユーラシアの将来をみる
渡邊 啓貴
東京外国語大学教授
さて、そこでユーラシアのパワー勢力圏分布を議論するときに、地理的条件とともに考えておかねばならないことがあります。それぞれの地域で物理的優位性を持った国をパワーと呼びますが、その影響力は戦略的意思と戦略文化に大いに左右されるということです。物理的なパワーの用い方や方向性です。強力な軍事力や経済力を擁していてもそれを攻撃のために独断的に用いない、つまり攻撃的な意思を持たない。あるいはそうしたメンタリティーを国民性として強くもっていない国とそれが強い国では、その国に対する脅威は大きく異なっています。北朝鮮はその代表例です。そこで三つの勢力圏の中核国、パワーの戦略的意思・戦略文化についてみてみたいと思います。先ず「地球の運命共同体」と自らの世界観を提唱する中国の台頭です。それは2013年習近平国家主席が提唱した「一帯一路」の構想に明白です。習近平の提唱した「中国の夢」であるこの構想は中国の戦略的意思を明確にしたもので、近隣諸国をはじめユーラシア全体の国々に期待と不安や警戒感をもたらしているというのが現実です。習近平政権下での中国は戦略的意思が強い国です。しかもその方向性が多岐にわたっている。中国に対する大きな不安の原因です。日本ではAIIB(アジアインフラ投資銀行)が強調されていますが、現実には東アジアでの活動は一帯一路構想の一部でしかありません。一帯一路とはEU加盟国にまで及ぶユーラシア全域、そしてアフリカにまで至る中国の影響圏拡大構想です。現実には中国をハブとする二国間関係の集積を中国は中国流のグローバルガバナンスや多国間関係と称しています。シーレーンの確保としては北極海の利用も一帯一路構想と結びつき、「氷上のシルクロード」と呼ばれる。今年一月に中国は「北極政策白書」を発表した。安全保障面での上海協力機構(SCO)やアジア信頼醸成機構(CICA)、経済面でのEU加盟国を含む中東欧諸国との「16+1」は中国を中心とした多国間枠組みです。
第二に、ロシア・中央アジアから見た世界はどうでしょうか。歴史的にロシアのアイデンティティは西欧化への同一化志向とその反発を特徴とします。ロシア外交は経済よりも外交手腕と軍事力による大国化志向が特徴です。プーチン外交には長期的なヴィジョンはないといわれますが、プーチン外交の意思は対外的威信の回復にあるといわれます。強いソ連の復活ともいわれます。その意味ではプーチン政権の下での反米欧外交の出発はすでにイラク戦争をめぐる論争時に見られていましたが、2003-04年の「カラー革命」やEU・NATOの東方拡大以後と言われています。欧州国際秩序からの排除、伝統的勢力圏と大国としての威信の喪失をプーチンは懸念しました。2008年グルジアとの紛争への軍事介入はウクライナ紛争につながる一連の流れの出発点となりました。とくにウクライナ紛争は米欧の経済制裁を誘い、ロシアの打撃は大きく、ロシアは経済的に中国への依存度を高めていきました。中国への戦略的パートナーとしての接近は反米欧的な目的のもとに強くなっています。多国間協力枠組みとしてはユーラシア経済同盟(ロシア・ベラルーシ・カザフスタン・アルメニア・クルグスタン)と集団安全保障機構(+タジキスタン)の二つが中心的な地域機構です。ただロシアの場合には、その戦略的意思については冷戦時代のパートナーであったこともあり、急激に現状を変える意思を持っているとはみられていないように思います。ソ連時代の威信回復という側面は強いですが、やはり歴史的に米欧との長い付き合いがあるので、共有するところが大いにあるのだと思います。また中央アジアやコーカサス地域の諸国の親近性も強いといわれています。
第三番目にEUの対ユーラシア政策です。それは近隣政策(ENP)の延長で考えることができます。ウクライナやGUUAM諸国にまで及ぶ広範な影響圏への拡大政策です。EUの場合は加盟の条件として民主化・市場経済化などを中心とする基準を掲げています(コペンハーゲン基準)。近隣政策にも欧州型の近代化・民主化・人権の基準にもとづいた様々な細かい達成目標が定められています。EUではこうした国家の理念や基準に関わる共通基盤の構築に貢献することを最重視する立場をさして自ら「規範パワー」と称しています。いわばソフトパワーの影響力です。中国に比べますと、老成しているというか、戦略的意思の攻撃性は小さいですが、行動規範そのものからヨーロッパ型に変えていこうと大きな野心でもあります。平和的・民主的なアプローチであるという点が重要だと思います。中国の市場経済原理に基づく米欧的な商取引・貿易慣行を定着させようとして、EUは早い段階で中国にスクールやビジネススクールを設立していました。EUは先に見た中国の「16+1」構想が、EUの分断化を狙ったものではないかという警戒を強めているし、イギリスを皮切りに雪崩を打ってEU各国がAIIBに加盟した事態もEUの連帯を危機に至らしめた事態だと反省している。
こうした中で日本の役割はユーラシアと太平洋の橋渡し役です。しかしそれは一般に言えば大変難しいミッションです。尖閣諸島をはじめ、日中間の摩擦が大きいからです。むしろ北朝鮮ミサイル危機を考えると、日本自身の安全保障を維持するためにさらなる日米同盟強化が不可欠というのが一般の見方です。パワーポリティックスの観点がやはり第一だという議論になります。しかしこのままでは事態は動かない。パワーポリティックスだけではリスクも大きい。北朝鮮や中国がその戦略的意思を低下させてくるのを待つしかありません。そこで出てくるのがいわゆるアジア諸国に向けた価値外交です。ソフトパワー的なアプロ―チです。それは民主主義と市場経済国がそうではない独裁国家に対抗した同盟網を形成するという発想ではなく、その先にあるそうした近代的な意識をもっと拡大し共有していく諸国による安全保障共同体形成の意識です。少しでも多くの人がそうした意識を共有していくために主張していくことです。
もちろん国際安全保障共同体構想とは理想論です。しかし正しいことでもあるわけですから、主張し続けていくことが大切です。今日の話でいえばパワー勢力圏の間の戦略的意思をいかにして調和的、和解的なものにしていくのか、戦略文化の融合を図っていくのか、ということです。日本はアジアにおいていち早く近代化に成功し、安定した民主主義国として国際的規範形成に尽力するだけの義務と資格はあると評価されています。今世紀に入って日本が中心となって称揚してきた「人間の安全保障」概念の定着は日本の平和国家としてのブランド力の成果でもあります。別な言い方をすれば日本の「ソフトパワー」に対する高い評価です。その意味で共通の価値規範に支えられた「ユーラシア+太平洋共同体」への方向を模索することです。日本外交の将来はユーラシア外交にあると思います。規範外交を展開するヨーロッパとの連帯の必要性がさらに高まっていると思います。冒頭で述べた北から見た地図のようにユーラシアの東と西の端はアメリカと強固な同盟を結んでいる。ところがユーラシアの東と西の間の事態が不安定です。ユーラシア大陸そのものが問題なのです。ここの部分をどのように結んでいくのか、各勢力圏をどのようにひとつの世界的秩序に取り込んでいくのか、理想論ですがそうした発想で考えてみることも必要かと思います。大国間・勢力圏間の調和とガバナンスの模索の道です。(おわり)
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