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2007-05-25 00:00
日本にもエリート教育が必要だ
吉田康彦
大阪経済法科大学客員教授
5月23日の平林博・前駐仏大使を招いての日本国際フォーラムの昼食会(国際政経懇話会)で、フランスのエリートの功罪が話題になった。平林氏は「フランス社会の硬直性には三つの要因がある」として、労働組合、公務員、グランゼコール出身のエリートの存在を挙げた。既得権保持に躍起となるのは弊害ではあるが、エリートの存在の功績はきわめて大きい。私は、フランスがまがりなりにも欧州の大国の地位を維持し、かつ国際社会で実際の国力以上の発言権と影響力を保持していられるのはENA(国立行政学院)を筆頭とするグランゼコール出身者が牽引車になっているからであり、日本にとっても範を示していると確信している。
グランゼコールは「大学校」と訳し、一般のユニヴェルシテ(大学)とは区別されるが、両者が並存していることにフランスの特徴がある。世界の市民に開放されているパリ大学が名門校であることに変わりなく、サルコジ新大統領も、ミッテラン元大統領もパリ大学卒だ。グランゼコールの特徴は、選抜試験がきわめてきびしく、完全寄宿制で、共同生活を通して学生が哲学、倫理、道徳、雄弁術などを身につけていくことだ。近年はとくに狭義の国家指導者の養成のみを目的にはぜず、地球環境、貧困撲滅、核不拡散などのグローバル化に対処するテーマを重視して国際社会に貢献する人材の養成に力点がおかれていると聞く。
私は、帰国して大学教官になるまでの10年間を国連機関で過ごしたが、フランス人幹部職員の大半はENAやポリテクニーク(理工科大学校)の出身者だった。彼らは狭い了見にとらわれず、官僚主義の枠を超えた想像力を備えていた。安倍首相は教育再生を内閣の眼目にしているが、戦前の復活ではない形のエリート教育強化をも見直すべきだ。いわゆる戦後教育は一貫して「悪平等」偏重だった。エリート教育が民主主義に反するものではないことをフランスの実践が示している。旧帝国大学を復活せよというわけではないが、グローバルな視野を備えたエリート養成の専門教育機関創設を検討すべきだ。
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