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2018-03-22 00:00
日本はロシアのエネルギー政策にどう対応すべきか
袴田 茂樹
日本国際フォーラム評議員
わが国のある国際エネルギー問題専門家から、米国のエネルギー事情の変化や世界の資源国によるエネルギーを利用した国際政策などに関して、非公式の場で詳しい報告を聞き、意見交換をした。筆者はロシア問題を研究している立場から、エネルギーを巡る欧米とロシアの関係に関心を抱きながらこの専門家の分析を聞き、討論をした。私が考えていることの一端をこの場で述べたい。トランプ政権成立以前のことだが、従来米国は中東産油国やロシアがエネルギーを国家戦略の道具として外交利用するのを批判してきた。米国は中東などからのエネルギー輸入国だったので、そのような態度をとったのであろう。石油輸出国機構(OPEC)が談合して生産量を調節しエネルギー価格を吊り上げて国際政治に影響を与えた場合、つまり資源国が国益のために資源を政治利用した場合、時に国家の存亡にかかわるような強い影響を受けるのは資源輸入国の側であった。日本や資源の少ない他の多くの国も、資源輸入国の側にあり、米国もそうであった。もちろん、資源の供給量が需要を上回る場合は油価は下落し、買い手の方が強い立場に立つ。国際政治では、ある手段を行使して戦略的な行動を取れる側は、当然その手段を大いに活用し、逆にその手段がない側は、相手側のそのような行動を批判し、あるいは抑制しようとする。2005年に筆者がロシアのプーチン大統領主催の会議に出席した時、大統領は自ら「ロシアにとってエネルギー資源は、わが国の最も重要な戦略的手段である」と、当たり前のことのように述べた。つまり、ロシアはエネルギー資源をその対外政治のために全面的に活用していると公言しているのである。
しかし近年、エネルギーをめぐって米国の状況は劇的に変わった。技術の進歩により2000年代に入って米国のシェールガス・石油の産出量が大幅に増加し、この「シェール革命」によって2016年初頭から米国は天然ガスの輸出国に転じたのだ。こうなると、当然のことながら米国が天然ガスを国際戦略に利用する側になる。最近は地政学的姿勢を露骨に示すようになったロシアだが、そのロシアのエネルギーに過度に依存する状況をEU主脳が懸念するようになった。そして、EUはロシアへの過度な依存を脱する措置も講じている。米国政権も戦略的にそれを支援していると言える。もっとも、EU諸国は国によって対露姿勢が異なっているので、ロシアは対欧州戦略の観点から、また欧州へのエネルギー輸出のためにも、EU諸国の分断に全力を注いでいる。いっぽう米国は、このようなロシアの影響力を削ぐために、欧州へのガス輸出を開始した。またEU本部と協力して、ロシアが欧州のエネルギーを独占支配するのを阻止すべく、ガスプロム主導の「ノルド・ストリームⅡ」(ロシアからバルト海海底を経てドイツに繋がるガスパイプラインの2本目)や、「トルコストリーム」(黒海海底を経てロシアからトルコおよび欧州にガスを輸出するパイプライン)を阻止しようとしている。
ここで、わが国のとくにロシアのエネルギー問題の専門家の中に見られる異様な見解について疑問を呈したい。国際政治の常識から言えば、資源保有国が資源輸出を対外政策において政治的に利用しようとするのは、プーチン自身も公言しているように、常識であり当然のことである。また、現実主義者としては、資源国はどの国も国益のために資源を政治的に利用していると考えるべきである。ところが、わが国のロシアエネルギーに関連した官庁や組織、企業のエネルギー専門家の間では、私には理解に苦しむ見解が幅を利かせている。つまり、ロシアの事実上の国営あるいは国家統制下のエネルギー企業の対外プロジェクトは、純粋に経済論理に従って行動しており、それはロシア政権の政治戦略とは無関係だと、プーチン自身が驚くような見解がむしろ主流になっているのだ。もちろんガスプロムのどのような対外政策でも、一見、純経済原理に基づいた論理で説明することは可能だし容易いことだ。それは、どのような国家戦略でも、国益という観点から経済原理でも説明可能ということと同じである。あるいは、日米開戦も敗戦も経済論理で説明可能というのと同じだ。冒頭に触れた国際エネルギー専門家は国際政治への理解も深いので、「わが国の経済専門家の間には国際政治に関してナイーブな方が少なくない」とも述べた。わが国のロシア経済専門家の「ガスプロムは純粋に経済原理で動いている」という言葉を聞くと、ナイーブというより、むしろ常識を否定するこのような言葉にこそ特別の政治的意図があるのではないかとさえ疑ってしまう。
わが国はロシアとのエネルギー協力にどのように対応すべきか、との問題が問われている。具体的には、ロシア国内におけるエネルギー開発プロジェクトやサハリンと北海道の間のガスパイプライン建設問題などに対して、民間企業だけでなく、国民の税金が流れ込む国際協力銀行(JBIC)や独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)などが如何に対応すべきか、という政治的かつ経済的な問題である。私はガスプロムなどが実施する対外プロジェクトの政治性を批判しているのではない。それらがロシアの国家戦略と密接な関係があることを、私は当然あるいは自然なことと見ているからだ。私が述べたいことは、わが国の政府や企業も、そのような常識を前提にして対応すべきで、ロシアのエネルギー企業の行動は「純然たる経済原理に基づく行動」といったプーチン発言自体を否定するような不自然な考えを基にしたアプローチをすべきではないということである。言うまでもなく、これはロシアとの協力を否定するためのものではなく、現実を醒めた目でしっかり見据えて対応すべき、との主張である。
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