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2018-06-30 00:00
(連載2)マクロン大統領は西側の道徳的普遍性を代表できるか
河村 洋
外交評論家
これまで述べてきたような世界情勢の中でマクロン大統領はトランプ政権のアメリカにどのように対処するのだろうか?現在、ドイツではメルケル首相の指導力は低下し、イギリスは国民投票によるブレグジットを受けてキャメロン政権を引き継いだテリーザ・メイ首相も対米特別関係の強化は上手くいっていない。これはマクロン政権のフランスにとって米欧関係でヨーロッパの代表として行動できる千載一遇の機会である。しかしマクロン氏がどれほど懸命に説得してもトランプ氏にはパリ協定とJCPOAに戻る気などさらさらない。また、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官を解任し、ナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏を登用している。IFRIのレポートでは2020年のトランプ氏再選という最悪のシナリオまで想定しているが、それはこの研究チームが民主党の勢いも充分ではなく共和党内で反対派は事実上存在しないばかりか、弾劾が直ちに行なわれる見通しもないと考えているからである。そのような傾向が続くようであればアメリカがこれまで以上に国際社会の問題児に陥ってしまうことは、G7シャルルボワで典型的に表れている。
大国間の勢力競争が激化する世界におけるフランスの外交政策の方針の全体像に鑑みて、現時点で突き付けられている外交上の課題とマクロン大統領の実績について述べたい。何よりも内政の安定は国際舞台での指導力の前提条件である。5月に起きた雇用規制の緩和政策への反対運動などの労働運動への対応を誤れば、マクロン氏もメルケル氏の轍を踏みかねない。当面は中東、特にイランとシリアの危機が重要である。イラン核合意に関してはトランプ氏の突然の離脱によってロシアが中東に影響力を拡大する好機となり、E3(英仏独)はアメリカの抜けた穴を埋めねばならなくなった。またトランプ氏はイランへの単独制裁に乗り気とあって、EUがアメリカによる制裁の対象になりかねない。トランプ氏によるディール・ブレーキングには国内から厳しい批判が寄せられているが、彼は断固としてオバマ政権期の成果を破棄しようとしている。マクロン氏はあらゆる手段によってJCPOAの存続をはかる一方で、微妙な舵取りでアメリカとの致命的な衝突を避ける必要がある。専門家の中にはトランプ氏がイランでのレジーム・チェンジを追求して中間選挙で親イスラエルの福音派の票固めをするのではないかとの懸念も挙がっている。しかし私がそれには懐疑的なのは、トランプ氏は費用効果へのこだわりが異常に強いがために中東への介入に消極的なことはイラク戦争への批判からも知られているからである。ボルトン氏はその案を支持するかも知れないが、本物のネオコンではない彼にはイランを民主化しようという明確な決意はない。他方でヨーロッパは核合意をめぐるアメリカとの認識の相違を利用もしている。E3はJCPOAの存続を働きかけながら、アメリカの圧力を利用してイランの弾道ミサイル計画と域内でのテロ支援を封じ込めようとしている。しかしE3はトランプ氏が好む単独行動とは正反対に、この地域のステークホルダーの地政学的なバランスの再調整と国連安全保障理事会との協同を通じてこれらの手段を実施しようとしている。シリアに関してマクロン氏はトランプ氏に性急な撤退を思いとどまるよう何とか説得はできたものの、アメリカの中東戦略はイラク戦争後の非関与から対テロ作戦のための関与の間を一貫性もなく揺れている。マクロン氏の助言はアサド政権による度重なる化学兵器使用が人道上の懸念をよんだ時に、トランプ氏がアメリカ国内で自らの選挙基盤の非介入主義と安全保障関係者の対テロ戦略の折り合いをつけるうえで有効だった。しかしマクロン氏もトランプ氏もシリアでの長期的な戦略はない。どちらの場合でもフランスの中東政策は、いかにマクロン氏の方がトランプ氏よりも国際社会での評判が高くてもアメリカの外交と内政への考慮なしに実行は難しい。
重要な点は、『USニューズ&ワールド・レポート』誌による2017年の国力ランキングではフランス第6位に過ぎないので、マクロン大統領が国際的なリーダーシップを発揮するにはヨーロッパとアジアで民主国家のパートナーが必要になる。ヨーロッパで最も厳しい問題は米欧関係の悪化である。JCPOAをめぐる見解の相違の他に、ヨーロッパとアメリカの間ではトランプ政権がEUを国家資本主義の中国と同様に扱うので貿易戦争が激化している。より問題になるのは、現政権下で米欧間の意思疎通が大幅に少なくなっているということだ。実際にフランスのフランソワ・ドラットル国連大使は「アメリカはトランプ政権以前にも単独行動は頻繁に行なっていたが故に、ヨーロッパ人はアメリカの孤立主義が今後も支配的になると見ている」と語っている。その結果、ヨーロッパは集団防衛による自立と外交の一体化を模索している。しかし問題はドイツの政治的安定である。メルケル氏の指導力低下ばかりか、ドイツはフランスより共同防衛に消極的で大西洋同盟志向が強い傾向はトランプ氏との個人的な関係が悪くても変わらない。 そうなってくるとブレグジット後のイギリスとの関係が、特に防衛面で重要になってくる。イギリスの国防当局はマクロン氏が提唱する欧州対外介入軍に重大な関心を寄せている。デービッド・リディントン内閣府担当相は今6月の『フランクルルター・アルゲマイネ』紙とのインタビューで「イギリスとEUは防衛面で強固な関係が必要であり、両者が完全に袂を分かてばロシアを利するだけだ」と述べた。実際にマクロン氏が提唱する有志連合に積極的な国は少ない。特にドイツがヨーロッパ圏外での海外派兵に消極的なことは、マリとシリアの例が示す通りである。よってイギリスはきわめて重要なパートナーになる。この観点からすれば、FCAS(Future Combat Air System)戦闘機計画とガリレオ衛星計画からイギリスが締め出されていることはきわめて奇妙である。イギリスの軍事産業はBAEシステムズやロールスロイスに代表されるように、数十年にわたって戦闘機、爆撃機、軍艦などアメリカの兵器システムに部品を供給してきた。EUの防衛計画にイギリスの技術は絶対的に必要で、さもなければ兵器の質や世界の武器輸出市場での競争力でアメリカ、ロシア、中国と渡り合うことは難しい。マクロン氏は英・EU防衛協力がより一貫性のあるものとなるようリーダーシップを発揮する必要がある。
アジア太平洋地域ではマクロン氏の国際舞台でのリーダーシップの強化とアジア政策の明確化には、中国が貿易と投資でどれほど突出していようとも日本が鍵となる国である。中国は地政学志向が強く、アメリカの影響力を排除して自国周辺に冊封体制さながらの勢力圏を築こうとしているのに対し、日本が提唱するインド太平洋構想は平等なパートナーシップと各ステークホルダーの国力に応じたバードン・シェアリングに基づいている。最も重要なことは日本が西側同盟諸国に脅威を与えないがばかりか、中国からの投資よりも日本からの投資の方がフランスで雇用を創出している。貿易に関してはフランスの対中赤字は対日赤字の5倍になる。いわば、中国との経済関係は一般に思われているほどの利益をもたらしているわけではない。他方でG7シャルルボワが「G6+1」とまで言われたようにトランプ氏は西側主要民主主義国からアメリカを孤立させてしまい、日仏両国にとってはリベラルな世界秩序を彼の破壊行為から守ることが至命課題となった。特に両国はインド太平洋構想では安全保障でも経済でも利益を共有しているが、この全体像は依然として明確ではない。マクロン氏はG7などの多国間首脳会談の場で日本の安倍晋三首相と面識があるが、この地域での相互協力の方針決定と強化には二国間会談が不可欠で、しかもフランスはニューカレドニアとポリネシアという海外領土を持つ太平洋国家でもある。ジャン=イブ・ル・ドリアン外相と河野太郎外相は4月の日仏外相会談で、両国の首脳が7月にパリで開催される日本文化のイベントと革命記念式典の機会に会談することで合意した。
これまで述べてきたようにフランス自身は一国ではそれほど強力ではないので、マクロン氏がリベラルな世界秩序の再建でリーダーシップをとるには民主主義国のパートナーが必要である。またトランプ政権にアメリカには微妙なバランスのとれたアプローチが必要で、彼の高圧的な要求に宥和してはならないが、超大国を相手にした致命的な衝突は避けねばならない。だがG6全体の経済規模はG1よりも大きいことを忘れてはならない。しかしながらG6の連帯を損なうような問題もある。ドイツ内政でのメルケル首相の指導力の低下ばかりでなく、防衛面での独仏間の相違は一般に思われているよりも大きいことはIFRIのレポートでも触れられている。問題は戦後の平和主義と地政学だけにとどまらない。日本と同様にドイツは道徳的普遍性を堂々と掲げて国際的な法執行作戦に参加するには良い立場でなく、国民は第二次世界大戦での過ちに悔恨の念を抱いている。日本はさらに消極的平和主義な国で、自国の周囲での安全保障環境が悪化しているにもかかわらずいまだに憲法改正さえままならない。こうした観点からブレグジット後のイギリスとの政策調整が重要になってくることは、JCPOAと自由貿易の事例でも示されている。テリーザ・メイ首相は保守党内の親欧派と反欧派の間で綱渡りを強いられている。ブレグジットのディール成立を成功させることが双方にとって必要不可欠である。現在、アメリカは被害妄想的なポピュリズムの蔓延で国民は自分達が海外からの経済的な競争相手、同盟国、移民にたかられていると見ている。米国民の間でトランプ氏がもたらす悪性の影響力が伝染している状態では、世界には明確なビジョンを持った指導者の主導で西側の理念を代表する有志連合が必要である。マクロン大統領がアメリカ連邦議会の演説で示したグローバル主義の理念は多くの人々に感銘を与えた。しかしそうした道徳的普遍性が、彼の外交政策に見られるネオリアリズム、資本主義的リアリズム。およびゴーリズム的な側面との整合性があるのかは今後見守ってゆかねばならない。(おわり)
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