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2018-07-09 00:00
不確実性増大、トランプの陥穽
鍋嶋 敬三
評論家
D.トランプ米大統領が目指してきた北朝鮮の「完全で検証可能、不可逆的な非核化(CVID)」の実現という目標の短期達成は過去と同じように困難であるという現実が目の前に突き付けられている。M.ポンペイオ国務長官が7月6~7日、ピョンヤンで金英哲朝鮮労働党副委員長と会談した。6月12日の米朝首脳会談を受けて、非核化の履行と検証に向けた作業部会の設置で合意した(米国務省)。同長官は会談が「建設的だった」と述べたが、北朝鮮は外務省報道官談話で米国が「一方的で強盗のような非核化要求」を持ち出したと非難し、米朝双方の食い違いを印象付けた。北側の反応は今後の交渉を有利に進めるための恒例の戦術としても、米朝間の齟齬(そご)はトランプ大統領が事前の周到な外交交渉抜きでサミットの開催に合意し、会談で北に「体制の安全の保証」を見返りなしに与えた場当たり外交が招いた結果である。
ポンペイオ長官は7月8日に安倍晋三首相、河野太郎外相と会談、日米韓3カ国外相会談でも同盟関係結束の形を整えたが、米中貿易戦争に突入した現状では対北朝鮮制裁の緩和に走り出した中国の圧力維持は期待できず、CVIDへの展望が開ける情勢にはない。小論は米朝首脳会談の翌日に「国務長官らによる第二段階の交渉は難航を極めるに違いない」と予測した。北朝鮮は「体制の保証」さえ取れれば、「打ち出の小槌」である核の放棄が実現しないように延々と交渉を続ければよい。トランプ大統領の任期が切れる2年半後には「時間切れ」になる。その間、後ろ盾の中国、さらにはロシアと組んで米大統領と対等に渡り合ったという「実績」を世界や国内に誇示することができる。使用済みの核実験場を爆破してメディアに見せたところで、何も失うものはないのである。
米朝首脳会談10日後に現れた「なぜ北朝鮮の非核化はほぼ不可能か」と題する中国人研究者の論考に筆者は注目した。その理由として彼は(1)金正恩委員長にとって100%完全な安全のため核兵器は何ものにも代えがたい、(2)北朝鮮の憲法に「核保有国」と明記している、(3)核兵器を保有しながら国際社会に受け入れられているインドがモデル、(4)非核化のプロセスは核兵器の凍結、解体、査察、検証など極めて複雑で10年はかかる、(5)中国は対米貿易報復のため、制裁圧力強化を受け入れないーとしている。さらに非核化のある段階で北朝鮮が天文学的な金額を要求し、米国が拒否すれば、それ以上プロセスを進めないもっともな言い訳になる、というわけである。著者の崔磊氏(中国国際問題研究院副研究員)は「悲しいかな、我々が生きている間に非核化された北朝鮮を見ることは決してないだろう」と結んだ(The Diplomat誌)。この論文が中国政府の意向を反映したものかどうかは知るよしもないが、6カ国協議の議長国として合意とりまとめに苦労しながら水泡に帰した中国ならではの感慨がにじむものである。
これより先にサミットの1週間後に公表されたロンドンの王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)の特別報告「2018年展望」によれば、米朝首脳会談は「非核化に向けた本質的な進路を示すものではなかった」と断定。むしろ米国の対北譲歩が日本と韓国の安全保障上の課題の妨げになり「地域を不安定にする危険を冒す恐れがある」と警告している。特に日本については拉致問題とともに、日本を射程に収めたノドン中距離弾道ミサイルの脅威の問題が進展を見せなければ「日米間の不信感が増大する危険」を指摘。日本が保険を掛けて「自立的な軍事態勢の追求」を促される可能性を予測し、「同盟関係のデカプリング(切り離し)」の危険にも言及した。安倍内閣の下での日中関係改善の動きはこの文脈の下にあると観測している(J.ネルソンーライト上級研究員)。米朝の非核化交渉は米中、中朝、日中、日米韓の同盟関係を巻き込んだアジア太平洋地域の地政学上の不確実性を増大させる副作用が広がりつつあるという現実を見失ってはならない。
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