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2018-07-11 00:00
貿易戦争には「利」をもって応えよ
四方 立夫
エコノミスト
遂に米中貿易戦争が勃発した。さらに、EU、カナダ等を巻き込んだ世界規模に発展する虞も無しとしない。「貿易戦争に勝者はいない」ことは、1930年フーバー米大統領が署名したスムート・ホーリ-法案による関税大幅引き上げが、前年の株価暴落を世界大恐慌にまで拡大させた一因であったことからも明らかである。しかしながら、トランプ大統領は歴史に学ぼうとせず、目先の中間選挙~次期大統領選挙を最優先し、自身のコアの支持者層の支持を強固にすると共にさらに共和党保守層の支持も増やしつつあり、もはやトランプ大統領に自由貿易の「理」を説いても聞く耳は持たないであろう。
我が国が日EU・EPAおよびTPP11の合意に続き、TPPへの参加国の拡大、さらに従来必ずしも積極的ではなかったRCEPの年内合意に向けて舵を切り、米国をメガFTAsで囲い込み同国のTPPへの復帰を促そうとしていることは、安全保障の面からも極めて重要であり今後とも粘り強く交渉すべきである。関税引上げはその意図に反してハーレー・ダビットソンの生産の一部国外移転表明を招くなど、米国製造業の保護並びに雇用の増加に貢献するかは疑問なしとしない。貿易が二国間の単なる輸出入に留まらず、設計~原材料~部品~中間製品~完成品のサプライチェーンが世界中に複雑に張り巡らされたネットワークとなり、米国もその主要な一員となっている現在、保護貿易が短期的経済利益だけを見ても米国自身にとって結局はマイナスとなる可能性が高い。
米国は我が国に対してもFFR(Free, Fair, Reciprocal)協議を求めFTA締結を迫っているが、これはまさに1980年代のデージャビューであり、数量規制、価格規制、為替規制、などの管理貿易に陥ることは何としても避けなければならない。従い、議論を貿易赤字にのみ焦点を当てるのではなく、米国のラストベルトを始めとする伝統的製造業の衰退しつつある地域に対する日本の「政官民」挙げて、特に「民」を中心として、米国産業界との密接な連携を通じ競争力強化、産業構造転換、人材再教育、新規事業投資、など日米経済協力により、「理」ではなく「目に見える利」によって対応していくことがトランプ政権には有効である。短期的な貿易赤字削減には米国防衛産業からの輸入の拡大などの「速攻」も必要となろう。貿易戦争の目的は赤字削減に加え中国の知的財産権侵害の阻止にある。「中国製造2025」の最大の目的は「コア技術の自主創新」であり、その為に積極的にハッキンング等により米国を始めとする先進諸国の技術の盗用を実行している。言わばテクノヘゲモニーを巡る米中の戦いである。皮肉なことにITの現場では米中の相互依存が進行しており、多くの中国出身者が米国の大学を卒業し米国の企業で働きIT業界に於いて重要な役割を果たしている。問題はその中国人技術者が中国政府からの好条件提示を受け次々と帰国し、米国の技術が中国に流出していることにある。
中国による知的財産権侵害は米中の問題に留まらず、広く中国vs自由主義世界の問題であり、本件においてこそ日米欧並びにカナダ、オーストラリア等の自由主義国が結束して中国と対峙し、新たにITの世界における「世界標準」となるルールの構築に臨むべきである。その為には、先ず目先の利益に捉われているトランプ政権に対し、日、EU、カナダ、オーストラリア等が、かかるルール構築が米国の利益に適うことを「利」をもって説くことが肝要である。また、我が国自身も世界に後れを取っているAI、量子コンピューターを始めとするIT人材の育成に産学協力により最大限尽力すると共に、ノーベル賞受賞者の大隅氏の「日本の大学の状況は危機的で、このままいくと10年後、20年後にはノーベル賞受賞者が出なくなると思う」との強い危機感を払拭すべく、国を挙げて優秀な理系人材の育成を図ることが「技術立国日本」の再生に繋がり、貿易戦争に負けない基礎体力の養成に貢献するものである。
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