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2018-08-31 00:00
シンガポールに学ぶ「民主主義」
四方 立夫
エコノミスト
民主主義が揺れている。トランプ大統領誕生に続き、イタリアではポピュリスト政権が誕生し、ドイツでも極右政党が野党第一党となった。民主主義国であるはずのタイやフィリピンも独裁体制になりつつあり、カンボジアは最早独裁政権である。一方、シンガポールでは1965年の建国以来「開発独裁」と欧米からは批判を受けながらも、建国の父リークアンユーの確立した「シンガポール式民主主義」を貫いている。シンガポールにおける「独裁」は他の新興国における独裁とは大きく異なる。シンガポールでは常にその国の”Best & Brightest”が政府の要職に就き、汚職も殆ど皆無であり、自国を”Singapore Incorporated”と認識し、政府の要職に就く者に民間企業の役員並みの高給を払い、国の発展の為に昼夜をおかず尽力している。そのお蔭で同国の一人当たりGDPは世界のトップクラスであり、同国の最も貧しい人々は欧米各国の最も貧しい人々より遥かに豊かである。
欧米流の表現の自由は制限されているが、一般国民の大多数は現在の政治体制に満足している。ブータンでは”Gross National Happiness”(GNH)により国民の幸福度を計っているが、それが世界的にも適用できるものであるとすれば、シンガポールの一人当たりGNHは世界のトップクラスであろう。リークアンユーはその著”From Third World to First”の最後を以下の文言で締めくくっている。”We stand a better chance of not failing if we abide by the basic principles that have helped us progress: social cohesion through sharing the benefits of progress, equal opportunities for all, and meritocracy, with the best man or woman for the job, especially as leaders in government.”
我が国では”meritocracy”は「エリート主義」として歓迎されないが、シンガポールでは幼少期から指導者候補の選抜、教育、競争、が奨励され、能力/人格共に卓越した人物が国のリーダーとなってきたことが、マレーシアから「追放」される形で独立を余儀なくされたシンガポールが僅か数十年の間に一流国となった最大の理由である。現在ではその選抜方法も従来の一発勝負を改め、全ての国民に複数のチャンスが与えられるようになり、特にIT時代に入り従来型の優秀な人材とは異なる人材が求められるようになったことから、リーダーとなるべき人材も多様化している。日本では、学校群制度~「ゆとり教育」などにより健全なる競争が阻害され、一時は運動会の徒競走で順位を付けることすら禁止されたこともあり、今日でもなお「悪平等」が蔓延していることに危惧を覚える。平等とはリークアンユーの言葉の通り“equal opportunities for all”であり、結果の平等ではない。国の指導者たらんとの強い志を抱いた若者が学生時代から健全なる競争によって鍛え抜かれ、指導者候補たる分厚い人材の層が形成され、その中で勝ち抜いていった者こそがトップとなるに相応しい。民主主義の根幹は教育であり、幼少の頃から常に切磋琢磨される中でこそ人材が育成されるのであり、まさに「玉磨かざれば光らず」である。
健全なる競争が必要であることは国の指導層に限らず、全ての国民に対して当てはまることは言うまでもない。「好きこそ物の上手なり」との言葉があるが、各人が自分の好きな分野で切磋琢磨し合うことにより、国民全体のレベルが向上し国の発展に繋がるのである。同時に、競争に敗れた者に対しSafety Netを用意し、再教育し、第二/第三の機会を与えていくことも必要不可欠である。米国がかつて”American Dream”を謳歌し、「子供の世代は親の世代より豊かになる」を実現していった背景には、競争とそれを補完する制度が用意されていたからである。合わせて重要なことは”sharing the benefits of progress”であり、富が各人の成果に応じて公正に分配されることである。現在の自由世界の最大の問題点は、2016年の米国大統領選において盛んに唱えられた”1% vs 99%”、すなわち「豊かな者は益々豊かになり、貧しい者は益々貧しくなる」ことにある。「著しい富の分配の不公正」の改善なくして自由主義経済の未来はない。我が国はバブル期において”Japan as No.1”と煽てられ、「最早欧米に学ぶことは何もない」と驕るに至り、その後の20年余りに亘る不況へと繋がった。宮本武蔵は「我以外皆我師」と言う言葉を残したと伝えられているが、我が国が繁栄を謳歌してきた土台である米国を中心とした自由主義経済の根幹が揺らいでいる今こそ、民主主義の基盤である人材育成を虚心坦懐に見直すと共に、自由と対になる概念である「公正」を回復すべき時である。
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