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2018-10-10 00:00
(連載1)デービッド・フラム著『Trumpocracy』から見た米国政治
河村 洋
外交評論家
トランプ政権はあまりに多くのスキャンダルや情報漏洩に見られるように、混乱しきっている。巷では暴露本も数点出版され国民の関心を寄せている。多くの人々の間ではトランプ氏のゴシップと特異な性格が話題になっているが、それは米国政治の現状を理解するうえではそれほど役立たない。ドナルド・トランプ氏は連日、低俗な言動で米国内および全世界の人々に不快感を与えている。こうした中、多くの有権者が、なぜ10代の反抗期の子供のように振る舞うトランプ氏に惹きつけられたのかを理解するのは難しい。正統派の政治経済学への反抗など破滅的な結末となることは明らかである。にもかかわらず、トランプ氏には一定数の強固な支持基盤が存在する。トランプ氏を支持する米国外のオピニオン・リーダー達は、トランプ氏に大きな期待をかけて激動の時代にある自分達の国の運営を委ねた無数の米国の有権者に対してもっと敬意を払う必要があると主張する。しかし我々はトランプ氏の無礼、無知、腐敗、そしてリーダーシップのスタイルがもたらす政治的な影響を批判的に見つめなければならない。
本書著者のデービッド・フラム氏はジョージ・W・ブッシュ元大統領の政権下でスピーチ・ライターを務め、現在は『アトランチック』誌の上級編集員である。フラム氏は保守派の論客として名高いので、本書でのトランプ政権批判はリベラル派のプロパガンダではない。我々は多くの保守派知識人が「トランプの党」から去っていったことを銘記する必要がある。だからこそ彼の分析には非常に価値がある。『Trumpocracy』ではトランプ氏の政治における力の議論が中心で彼の性格は主要な問題ではない。すなわち、どのようにして力を獲得し、それがどのように使われたか、そしてそうした力の濫用がなぜ効果的に抑制されなかったのかということである。また本書ではトランプ氏自身についてよりも、彼の台頭をもたらして支持をしている有権者の方に重点を置いている。こうしたアプローチは政治学の基本に立ち返るものである。まずトランプ氏の台頭をもたらした前提条件を理解することが必要である。冷戦終結直後には敵対勢力も消滅したので、重要な政策課題は国家安全保障から当時の低成長や2008年の金融危機といった国内経済に移っていった。その結果、国内でのイデオロギー、文化、階級による対立が激化した。グラスルーツの心理がこのようになると、オバマ氏の出生疑惑のようなフェイク・ニュースの影響力が増してきた。トランプ氏はこの機を捉えた。フラム氏はトランプ氏が2016年に急浮上したわけではないと指摘する。2012年の共和党大統領候補指名争奪戦では、トランプ氏は4月には首位に躍り出た。彼はオバマ氏の出生疑惑にまつわる陰謀を訴えてグラスルーツの怒りを利用した。これは2016年の選挙運動でトランプ氏が行なったえげつない情報歪曲による対立候補への激しい誹謗中傷の原型であった。こうした観点からすれば、専門家達はトランプ氏が全世界の自由民主主義に与えた脅威を過小評価していた。
議論の前提を示したフラム氏は「トランプ氏がどのようにして力を獲得し、誰が彼を支援したか」について議論を進めている。まずトランプ氏の共和党予備選挙での台頭をもたらした人々、すなわちコア支持層がいる。彼らの怒りと苦悩こそトランプ氏を共和党予備選で最前線に押し上げた。グラスルーツ保守はトランプ氏に多大に魅了されるあまりイデオロギー的な一貫性など気にしていないが、グローバル化による文化的および経済的な不安定感に不満を募らせていた。そうした敗者意識に加えて、彼らは「情報ゲットー」にいるためにトランプ氏のプロパガンダに容易に乗せられてしまう。きわめて対照的なことに、こうした共和党支持層はテッド・クルーズ候補やマルコ・ルビオ候補が唱える「新しきアメリカの世紀」などに全く共感しなかった。トランプ氏の勢いが強まると、共和党でもそれまで彼への支持を躊躇してきた者も「ヒラリー・クリントン氏に対抗するにはトランプ氏しかいない」と自らに言い聞かせるようになった。そうした宥和勢力は、ISISの台頭はクリントン氏の責任だなどのようにトランプ氏の対立候補に関するフェイク・ニュースの拡散に積極的に手を貸した。非常に興味深いことに、反エリート意識が労働者階級の女性をクリントン氏への投票を妨げた。こうした女性達にとってクリントン氏が掲げるジェンダーの平等などホワイトカラーに限られたものであって、自分達には全く関係ないのである。ティー・パーティーに典型的に見られるグラスルーツ保守は市場原理主義に固執しないが、民主党のようなポリティカル・コレクトネスに基づいて優先される福祉支援には反対している。いわば、トランプ氏の支持基盤は部族主義傾向が強く、社会的多様性には強く反対している。
上記の政治的メカニズムに加えて、本書ではトランプ氏がどのようにして汚い手を使って保守系メディアを自分のプロパガンダのための拠点に作り変えていったかにも分析のメスを入れている。非常に興味深いことに、今ではトランプ氏お気に入りメディアの一つとなっているフォックス・ニュースは、予備選初期には強固な反トランプ派であった。中でもメーガン・ケリー氏は「メキシコがアメリカに犯罪者を送り込んでいる」というトランプ氏の主張に疑問を呈した。非常に驚くべきことに、トランプ氏はCNNとのインタビューでケリー氏について不満を述べ続けた。当時は両局の立場は逆だったのだ。例によってトランプ氏はゴシップ漏洩による中傷という手段でケリー氏に報復を行なった。その結果、オルタナ右翼のタッカー・カールソン氏がケリー氏に代わってアンカーマンに就任した。我々がトランプ氏による保守系メディアへのハイジャックを注視すべき理由は、これが彼の行なったマフィア的なやり方での共和党征服の先駆けだからである。フラム氏はトランプ氏が恐怖と不安を利用して共和党を支配したのは、彼の常套手段だと指摘する。トランプ氏は不人気ではあるが、党内で彼に対抗する立場にあるポール・ライアン氏も教条主義的な財政規律重視で不人気である。このことが逆にトランプ氏が議会共和党より力を持つようにさせている。特に下院共和党は中間選挙後に自分達が多数派の地位を失う前に、トランプ氏に自分達の法案への署名を得ようと必死である。そうした懸念に駆られた彼らはロシア捜査からセクハラ騒動にいたるまで問題が噴出すると、トランプ氏の支持基盤と同等に彼を忠実に擁護しようとしている。(つづく)
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