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2018-10-11 00:00
(連載2)デービッド・フラム著『Trumpocracy』から見た米国政治
河村 洋
外交評論家
フラム氏が本書で統治の性質も重要な問題に挙げている。予備選期間中には共和党内の対立候補達はトランプ氏をラテン・アメリカのカウディーヨになぞらえた。トランプ氏の事業が不透明性で悪名高いことは、税務申告の情報が開示されていないことに見られる通りである。さらにトランプ氏はマール・ア・ラーゴなどにある自分のゴルフ・コースへの旅費に公費を使用しているばかりか、公的選挙資金から自らの情事の相手となった女性に口止め料を支払った。国民が道徳と社会規範の遵守を絶対的視している限り、政治家の行動もそれに従うことになる。しかし国民が政治家による非倫理的な行為を許容すれば腐敗は国中に蔓延し、彼らは自分達の間違った行為が許されるものと思い込み、やがては全ての国民が専制政治とクレプトクラシーを受け容れるようになってしまう。フラム氏はさらに「こうした要因がトランプ氏の政権スタッフへの態度にどのように暗い影を投げかけているか」についても議論を進めている。トランプ氏は自分のスタッフを支配するために忠誠と追従を要求するが、その見返りは与えない。そして気に入らなければスタッフをすぐに解雇してしまうことでも悪名高い。よって「この政権に崇高な使命感をもって参加しようものなら究極的には裏切られる」ことはエリオット・コーエン氏が政権移行期に述べた通りで、それはトランプ氏の突発的な発言への言い訳を余儀なくされるようになるからである。それが典型的に表れているのが2017年5月のNATO首脳会議でトランプ氏が第5条でアメリカに科せられた義務を軽視する発言をした時で、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官(当時)は「大統領はそのような発言はしなかった」と弁明せざるを得なかった。
トランプ氏の支持層と現政権が抱える苛烈な性質は「保守の方が道徳観念を重視する一方で、リベラルの方がLGBTのような社会的異端派に寛容だ」という私の先入観を覆した。フラム氏はさらに、不正な選挙制度によってこうした問題点が強まったと言う。ヒラリー・クリントン氏が黒人有権者の支持の支持を得られなかったと指摘されることが頻繁である。実際に共和党は2012年中間選挙で収めた連邦および地方レベルでの勝利を悪用したことに本書では触れている。彼らは期日前投票の制限など新しい選挙ルールを作り、マイノリティーの投票を妨げた。その結果、2016年には黒人の投票率は下がった。選挙期間中にトランプ氏は自分にとって不利なことは全て「不正」だと非難した。しかし実際にはアメリカの政治システムはトランプ氏の支持基盤に対して極端で怪しげなほどに有利に働いている。共和党はバラク・オバマ前大統領に相次いで負け続けたトラウマが酷く、ホワイトハウスの奪還には手段を選ぶ余裕がなかったように思えてくる。
本書は現在のアメリカの陰鬱な政治的光景を詳述し分析している。さらに深刻なことに、フラム氏はトランプ氏の「ディープ・ステート」に対する反感が逆に民主的な統治を疎外してしまうと論評している。トランプ氏の就任以来、アメリカ国内および国外の政治アナリスト達は政権内の大人によるトランプ氏へのコントロールについて語っている。また、アメリカの政策専門家達は「トランプ氏が何もかも覆そうとするなら、政府官僚機構、軍事組織、情報機関など連邦政府機関がトランプ氏を全力で阻止するだろう」と主張する。実際に国家安全保障のエスタブリッシュメントはロシアのウラジーミル・プーチン大統領とのヘルシンキ首脳会談においてトランプ氏が「アメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼する」だの「マイケル・マクフォール元大使をロシアの情報機関の尋問に引き渡す」だのといったあきれるばかりの失言をした際に、そうした失言を訂正させた。しかしフラム氏は「軍がトランプ氏では大統領に不適格だと見てしまえば、誰にも気づかれずに彼を指揮命令から排除してしまう」という重大な懸念を挙げる。さらに、そうした動きによって国家安全保障関係の機関は大統領が誰であってもコントロール不能になりかねず、将来に民主党の大統領が選ばれても同様に疎外されかねないという不安も述べている。
私には上記のような事態は1930年代の日本で国民が大正デモクラシーへの信頼を失い、相次ぐクーデター未遂事件が起きて軍部の台頭をもたらした時局とそっくりに思える。現在のアメリカでは事態はそこまで絶望的なのだろうか?フラム氏によれば希望はあるということだ。トランプ現象はグローバル化による社会的不平等と大衆の怒りというエリート達が見過ごしてきた問題に光りを当てている。しかし彼の虚言政治は全米での抵抗の直面している。またトランプ氏とロシアの緊密な関係によって左側の政治勢力が覚醒し、国家安全保障への問題意識が高まっている。最後に、トランプ氏の中傷政治にどのように対処すべきかについてフラム氏の助言について述べたい。『ポリティコ』誌がカリフォルニア州パサデナで開催した会議に参加したフラム氏に対し、あるパネリストが「ソフト路線ではトランプ氏を止めることはできない。彼を止めたければ、我々は彼の手法を模倣しなければならない」と発言した。フラム氏はそれに対して「しかしトランプ氏の手法を模倣しても彼を止めることはできない。貴方が彼に取って代わるだけだ」と応じた。まさにフラム氏の言う通りなのだが、それを行なうことはきわめて難しいのは、腐敗臭が漂うように低俗なトランプ氏を前にすると怒りの感情が込み上げてくるからである。我々には忍耐と理性が必要になる。本書は無数の政治的なやり取りが詳細に述べられているので、読者を圧倒する。『Trumpocracy』ではフラム氏による冷静で説得力のある分析がなされているので、私は本書をトランプ政治の教科書として強く推奨したい。(おわり)
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