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2018-12-07 00:00
トリプル選挙は危険な賭け:来年の政局
杉浦 正章
政治評論家
来年の干支は己亥(つちのとい)で足元を固めて次の段階を目指す年だが、国内政局は首相・安倍晋三の推進する「憲法改正路線」をめぐって与野党が激突ムードを高めるだろう。しかし改憲に関する国内の論議はまだ定まるに至っていない。なぜなら改憲は戦後自民党が結党して以来の悲願だが、これまで「お題目」として唱えても、国民の間に現実論として定着していないからだ。よほどの説得力がない限り、改憲展望は五里霧中であり、失敗すれば自民党に大打撃となると言わざるを得まい。自民党は自衛隊の根拠規定の明記など改憲四項目については今国会の提出を断念したが、来年の通常国会には提示する方針であり、政府・与党がまなじりを決した対応ができるかどうかが成否を決める。既に実態から見れば、現行憲法第9条2項の「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」などはいまや空文に等しい。なぜなら米軍事力評価機関の「Global Firepower」一つとっても、自衛隊を世界7位と位置づけており、いざというときの工業力を計算に入れれば、日本の潜在的軍事力がもっと高位に入るのは常識だからだ。もはや吉田茂の言う「戦力なき軍隊」の時代はとっくに終わり、野党が仏壇の奥からはたきをかけて、改憲反対論を持ち出しても、説得力に欠ける傾向を強めているのだ。安倍は「自衛隊が違憲かも知れないという議論が生まれる余地をなくすべきと考える」と発言しているのは、保守派政治家としてイロハのイを説いているにすぎない。そのための改憲について安倍は「2020年を新憲法が施行される年にしたい」 と言い切り、期限まで区切っている。
憲法改正の手続きは、衆院は100人以上、参院は50人以上の賛成で改正原案を国会に提出して始まる。その後、衆参両院の憲法審査会で審査し、それぞれの本会議で総議員の3分の2以上の賛成を得れば、憲法改正を発議できる。発議後60~180日以内に国民投票を実施し、有効投票総数の過半数の賛成を得れば承認される。自民党保守派が現在を改憲の絶好のチャンスと判断するのは、衆参で3分の2の改憲勢力を糾合し得ることから、来年の通常国会で改憲を発議し、参院選挙と同時に国民投票にかけるという戦術があり得るからだ。同党の一部には、参院だけの民意を問うのではなく、衆院の解散で衆院の民意も問うべきだという“スジ論”が存在しており、そうなれば「衆院選・参院選・改憲国民投票」という「トリプル選挙」の可能性が浮上しても不思議はない。過去1980年と86年に行われた衆参同時選挙は与党自民党に有利に作用している。衆参の候補が補完し合う傾向が生じたからだ。これに改憲が加わっても与党有利は変わらないという判断が自民党内には存在する。しかし、来年春は地方選挙が行われるが、地方議員らは自分の選挙が終われば、他人事の参院議員の選挙に身が入らない傾向が生じかねない。おまけに亥年の参院選挙は過去5回行われているが、なぜか自民党は1勝4敗で不利な戦いを強いられている。12年前の参院選に至っては過半数割れの惨敗をきっしている。民主党代表小沢一郎が、小泉政権下で自民党に見捨てられたと感じた地方層に訴える戦略を活用して07年の参議院選挙に勝利、参院の多数を握って「ねじれ国会」をもたらした。
自民党改憲案は(1)自衛隊の根拠規定の明記、(2)緊急事態対応条項、(3)参院選の合区解消、(4)教育の充実などの項目となっており、保守層にとっては自衛隊の根拠規定は悲願とも言える。来年の政治日程を見れば1月に通常国会召集、改憲案の提示。4月に統一地方選挙、予算成立後は参院選に向けて対決ムードが高まる。5月1日に新天皇即位、6月28、29日大阪でG20首脳会合。6月か7月に参院選挙、10月1日に消費税引き上げなどとなっている。このうち与野党対決必死の改憲案発議は、戦後まれに見る保革対決の核となり得るが、公明党が参院選前の発議に否定的なのは、「衆院議員の任期半ばでの衆参同日選挙をやる以上は、必ず勝つ選挙でなくてはならない」(党幹部)と言う現実政治上の判断があるからだ。確かに「同日選先にあり」の政局判断は無理筋の部分があり、負けた場合には政権を直撃する要素となり得る。 己亥(つちのとい)で足元を固めて次の段階を目指すこととは、ほど遠い結果になりかねない。安倍の任期はまだ3年弱あり、政治も経済も安定状態に入ったような状況が続いている。これと言った後継者も育っていないことから、場合によっては中曽根康弘のケースのように、総裁任期延長の可能性もないわけではあるまい。あえてトリプル選挙という危険な“賭け”に出る必要は、よほどのことがないかぎりあるまい。
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