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2018-12-13 00:00
(連載2)ロシア軍事力の資金源と物品調達体制の謎
河村 洋
外交評論家
しかし今年の3月にはロシア人投資家によるロンドンの高級物件買い占めで、「メイ首相がロシア・マネーに対して無警戒である」と労働党と自由民主党から厳しく批判された。その中にはイーゴリ・シュワロフ第一副首相(当時)が購入した国防省の近くの物件もあるということだ。さらに今年の11月にはヘンリー・ジャクソン・ソサエティーが、ロンドン在住ロシア人のおよそ半分がクレムリンのスパイだと記した報告書を出した。アメリカとヨーロッパでの匿名投資の脅威に鑑みれば、安倍政権はロシアとの経済協力には慎重なアプローチを採る必要がある。さもなければ日本は西側の対露制裁の抜け穴に陥ってプーチン氏の取り巻きの資産運用に手を貸してしまい、彼らの国内権力基盤の強化、非対称および通常戦争能力の向上、そしてクレムリンの海外スパイ・ネットワークの構築の資金調達につながりかねない。すなわち東京がニューヨークとロンドンに代わる投資先になりかねない。ともかく資金の流れを追わなければ、西側の対露制裁は充分に効果を発揮しない。
匿名の対外投資の他に、プーチン氏が西側よりも国防優先の経済を追求できるロシア資本主義の性質を検討する必要がある。そこで今度はアスランド氏による「プロジェクト・シンディケート」誌に昨年4月27日付けの論説に言及したい。プーチン政権下ではロシアの起業は再国有化され、縁故資本主義も蔓延している。ロシアのGDPに占める国営企業の割合は2005年の30%から2015年には70%に上昇している。国営化された企業は公益を優先するものと思われている。しかし現実にはそれら企業はプーチン氏の仲間が経営し、材料の調達と資産の売却は市場とは相容れない価格で行なわれる。問題は縁故資本主義にとどまらない。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が本年5月に公表した試算によると、額面ではロシアの国防費はアメリカ、中国、サウジアラビアに次ぐ世界第4位で、アメリカのおよそ1/9である。しかしプーチン大統領のシロビキ仲間による縁故資本主義では、軍事産業は自分達の事業のために多大な特権を享受できる。非常に興味深いことにロシア製の兵器はそれに対応する欧米製の兵器どころか、中国製のものよりも安価である。そうした各国兵器のユニット・コストの例をウィキペディアより挙げれば、アメリカ製のF-22は1億5000万ドル、F-35は8920万~1億1150万ドル、イギリス主導のユーロファイター・タイフーンでは1億240万ドル、フランス製のラファールで7830万~8990万ドルとなるのに対し、ロシア製のスホイ57では5000万ドル、スホイ35でも4000万~6500万ドルにしかならない。他方で中国製のJ-20は1億~1億2000万ドル、J-31で7000万ドルである。ロシア製兵器の研究開発費も西側諸国以上に低く抑えられているかも知れない。
当然ながら我々がロシアの兵器を過大評価してきたことは1976年のベレンコ中尉亡命事件に見られる通りで、当時の西側の専門家達は恐るべきミグ25がスピードこそ速いものの、それまで思っていたほどの性能はないことを知った。ともかく公正な市場経済では、たとえ技術水準が若干低くなってもアメリカの最新鋭兵器に対抗しようという兵器を上記のような低価格で製造することは不可能である。この観点から、ロシアの軍事力は額面の国防費より強力だと見なすべきだろう。また、この国と中国との力のバランスについても再考が必要である。極東では中国が人口とGDPでロシアを圧倒しているが、一帯一路のようなユーラシア規模の戦略では中国がロシアのシニア・パートナーとはとても言えないことは、ウイグル問題への稚拙な対応を見ての通りである。また、プーチン大統領は自らの国防計画が経済的に持続可能と考えているようだ。忘れてはならぬことはプーチン氏が西側の専門家がユーラシアの超大国が崩壊するなど夢想だにしなかった時期に、早くからソ連に見切りをつけていたことである。このことはプーチン氏が軍事力競争と経済的持続性のバランスを強く意識していることを示唆している。ともかくロシアの力について適正な評価を下すことが肝要である。さもなければ対露制裁を含めたいかなる政策も充分に効果的にはならない。ロシアの資金調達と国防物品調達体制に関しては、知られていない事柄はあまりにも多い。(おわり)
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