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2019-03-01 00:00
トランプ「破恋」の背景に「焦り」
杉浦 正章
政治評論家
米朝首脳会談が事実上の物別れになった背景を探れば、米朝双方に誤算が存在したことが分かる。とりわけ北朝鮮はトランプ頼りで“誤算の山”を築いた実態が濃厚である。トランプは自らの「ロシア疑惑」から目をそらそうとしたようだが、外交を性急に自らの保全に使うという馬脚が現れてしまったようだ。2020年の大統領選再選を意識しすぎた結果が裏目となって出たのである。まず北の最大の誤算は経済制裁の完全なる撤回を求めたことだろう。極めて高い要求をした背景には、どこから情報を得たのかアメリカが撤回に応じるという情報と判断が存在していたようだ。金正恩は、寧辺(ニョンビョン)にある核施設を廃棄すれば、その見返りに制裁の全面解除が得られるという判断だったのだ。しかし、国務長官マイク・ポンペイオの判断は寧辺の核施設だけでは十分ではないというものであり、かねてから大統領トランプに忠告していた。ポンペイオ自身も「寧辺の核施設は重要だが、ミサイルや核弾頭などの兵器システムが残る」と述べている。東倉里(トンチャリ)豊渓里(プンゲリ)などにも核・ミサイル施設があるとみているのだ。
米側が金正恩に示した見返りは(1)経済協力(2)平壌への連絡事務所の設置(3)朝鮮戦争の終結宣言(4)経済制裁の緩和などであった。しかし金正恩は象徴的な終戦宣言ではなく、国連制裁の実質的な緩和、エネルギー、金融分野での制裁解除などへと要求を膨らませた。これらの課題は7回に亘る実務者協議でも溝が埋まらなかったものであり、首脳会談なら決着が可能とみた金正恩の判断は甘いと言わざるを得まい。北朝鮮が経済制裁の完全なる削除という極めて高いハードルを可能とみたのは寧辺を取引材料に使えば、米国が応じるという判断があったようだ。北朝鮮にとってもはや不要となった施設を高く売りつけようとしたのである。トランプが「金正恩氏が寧辺の核施設を廃棄すると言ったが、公にしていない核施設を廃棄しない限り、非核化ではなく、核保有を認めた上での核軍縮交渉になってしまう」と述べたのはもっともである。さすがのトランプも「その手は桑名」なのだ。
核拡散防止条約(NPT)は1970年に締結され、アメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国の5か国以外の核兵器の保有を禁止した条約である。北朝鮮は核兵器開発疑惑の指摘と査察要求に反発して1993年に脱退を表明し、翌1994年にも国際原子力機関(IAEA)からの脱退を表明したことで国連安保理が北朝鮮への制裁を検討する事態となった。その後、北朝鮮がNPTにとどまることで米朝が合意している。しかし、北朝鮮はNPTなどどこ吹く風とばかりに既に核爆弾を30個保有しているとみられており、もう核製造施設は事実上不要となっている。これらの施設を廃棄したところで北が核保有国であるという、戦略的な位置づけに変化は生じない。不要な施設を廃棄して、経済制裁が解除されれば金正恩にとってこんなにプラスになることはないのだ。しかし、世界の目は厳しい。こうした北の対応がますます、危険な国家としての北の位置づけを確たるものにするのであって、北の孤立化は一層深まるだけだ。
一方韓国の文在寅政権は米朝合意を前提に(1)ソウルでの南北首脳会談開催(2)北への経済協力事業の開始など意気込んでいたが、時期尚早であった。独自に行えば韓国が極東において孤立するだけであり、当分無理であろう。今回の交渉で目立ったのはトランプ外交の付け焼き刃的な手法である。トランプは金正恩と「恋に落ちた」と発言したが、恋した相手は、一枚上手で、その結果は事実上の「破恋」としかいいようがない。相手からは制裁の全面解除という不可能な要求を突きつけられては、恋に落ちるどころではない。重要な外交課題に対してトランプの手法は「軽い」 のである。そもそも非核化の交渉は10年がかりを覚悟すべきものであり、自らの手柄を意識してはいけない。
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